写真同好会のクリスマス
 茶色の巻き髪に大きな胸、膝が見えているスカート丈という派手な格好をしていても不思議と上品な雰囲気が漂う女性。
僕が所属している同好会の先輩で、あだ名が猫という。性格は温厚で優しくて思いやりがあり、母性そのものといっても過言ではないほどの包容力を持つ。
そんな彼女から意外な発言が飛び出た。
 僕とサン(写真同好会会長、金髪の髪をふたつに結いあげ、翠色の瞳を持つ美少女で飛び級するほどの頭脳を有するが毒舌)が、いつものように活動と称して部室で雑誌をだらだらと読んでいる時だった。
「クリスマスは戦いなのです!」
いつもと違い、闘志溢れる表情で猫先輩が宣言した。
「戦いですか」
 確かクリスマスはイエス・キリストの誕生日で戦う日ではなかったはずだなよな、と内心で訝しりながら僕は黙って猫先輩の話に耳をかたむける。
真面目で優しい猫先輩が戦う決意を固めたのだから、相当に大変な事情があるに違いない。それに大した理由でなくても、猫先輩のような美女に戦うのを手伝ってほしいと頼まれたら、僕は二つ返事で了承する。
「駅前に毎年、大きなツリーが飾られるのを知っていますか?」
「ああ、3メートル越えしているやつですよね。あれはすごいですよ、ライトアップされると更に大きく感じるんです」
 サンは我関せずといった様子で文庫本を読んでいる。少しはクリスマスに浮かれろよ、最年少のくせに。
「クリスマス当日に、そのツリ―の下で好きな人と手を握ると両想いになれて……永遠に結ばれるという噂があるんです」
 ぽっと頬を赤らめて恥じらう猫先輩はとても可愛い。僕だったら、今すぐにでも「じゃあ一緒に見に行きましょう」と誘いたい。
だが、猫先輩が一緒に見に行きたい相手は残念ながら僕じゃないのだ。
「犬先輩とは約束したんですか?」
「え、えええっ!そんなっ!だ、大胆すぎます……」
 今時の女子高校生の装いをしている猫先輩だが、中身は昭和ぐらいで止まっているのではないかと思うぐらい奥ゆかしい。意中の男性をデートに誘う行動など無理なのだ。
 ちなみに犬先輩は、写真同好会の会員で短髪、筋骨隆々の豪放磊落な性格をしている猫先輩と同学年の男だ。人の名前を覚えるのが苦手で、いつも適当に呼んでいる。繊細な心遣いなど持ち合わせておらず、クリスマスにデートなどという洒落た考えは逆立ちしても出てこない。きっと絶対出てこない。
繊細な女心をまるで解せず、常に自由気ままに過ごしている野性児の犬先輩を、どうして可憐な美女である猫先輩がこんなに惚れているのか僕には理解出来ない。
「大胆も何もクリスマスに手を繋ぎたいなら、はっきり言うしかないでしょ」
 バッサリと言い放つサンに、猫先輩は泣きそうな顔を向ける。
「サンちゃん……でも私、何と声をかけてお誘いすればいいのか分からなくて……」
 今にも泣き出しそうな顔に僕もサンも慌てる。犬先輩のこと、恋愛ごとになると途端に子どもみたいに弱気で内気になってしまう猫先輩にとってデートに誘うのは至難の業らしい。
 困った僕とサンはさりげなく目配せをする。
「カ、カメに頼んでみたら?」
 面倒事をもう一人の会員、美青年カメ先輩に投げようとサンが発言すると
「僕は無理だよ。クリスマスは花屋巡りをするから」
 いつの間にか現れて、コーヒーを啜りながらカメ先輩本人が発言したので僕たちは飛び上がった。
「いつからいたんですか!」
「やだなあ、最初からいたよ。みんな気が付いてなかったのかい」
 花という自然を愛するあまり、存在自体も自然になってしまったのだろうか。
「心配しなくても、うまくいくと思うけどね」
 謎めいた発言をして、カメ先輩はのんびりと植物図鑑を開く。鈍感な犬先輩に関して心配をするなという方が無理だと思うのだが。
「ええと、僕が犬先輩を連れ出してツリーの前で偶然を装って会うのはどうでしょうか」
 半泣きしている猫先輩にアイデアを出すと嬉しそうに目を輝かせた。
「え、でもご迷惑じゃないですか?クリスマス当日に……」
「どうせ予定なんかないんで気にしないでください」
 胸をドンと叩いて男前なところを見せたつもりだったのだが、サンに鼻で笑われた。
「寂しいクリスマスを過ごすだけだったわけでしょ。それじゃあ当然、暇よね」
 年下のくせにシニカルな笑みを浮かべてくるサンに僕も黙ってはいない。
「猫先輩はサンと一緒にツリ―まで来ることにしましょうよ。一人でいたら猫先輩は絶対に声をかけられますから」
「はあ?何で私が寒空の下、わざわざ出かけなきゃいけないのよ!」
「あの、サンちゃん……もしご一緒できたら、私とても心強いのですが……駄目ですか?」
 年下相手に謙虚に頭を下げて、お願いをする猫先輩相手に文句を言えずサンは渋々と頷いた。
「分かったわよ、一緒に行ってあげるわ。ただし、犬が来たらすぐに帰るからね」
「わあ、ありがとうございます!」
 豊満な胸に顔を押し付けられて抱きしめられるサンが羨ましかった。


 クリスマス当日。小雪が舞う中、僕は楽しくもない外出をしていた。
街は煌びやかなイルミネーションが瞬き、気どった装いをした男女が仲良さそうに歩き、楽しそうに笑う家族連れが通り過ぎて行くのに、僕の隣には黒のダウンジャケットを羽織った犬先輩が歩いている。
楽しくない、断じて楽しくない。
「しかし、弟君が駅前のツリ―を撮影したがるとはなあ。弟君はサンだけを撮影対象にしたと思っていたから驚いたぞ」
 写真同好会のメンバーはそれぞれに撮影対象を決めている。僕の場合はサンなのだが、今回ばかりは猫先輩のために嘘をついた。
駅が近づいてくるにつれて、人通りが増えて行く。逞しい体つきの犬先輩が盾になるから、僕は歩きやすいが猫先輩やサンは苦労しているのではないだろうか。
二人が心配になり、僕は犬先輩をせかした。
「早く行かないとベストポジションが取れませんよ、急いで!」
「おお、やる気満々だなあ」
 ガハハ、と笑う犬先輩を背後から見ながら一体この男のどこに惚れたのだろうと僕は頭を悩ませる。
すると、いきなり犬先輩が方向転換した。サンたちと東方面のツリ―の前と約束したので僕は焦った。
「い、犬先輩?方向がですね」
 迷いなく人混みをかき分けていく犬先輩の背後に僕は急いでついていく。はやく引きとめないといけない、そう考えて焦る僕を置いてどんどん背中が遠くなる。
「猫!大丈夫か」
 人混みの中、誰がどこにいるのか分からない中で犬先輩は人混みに埋もれている猫先輩の手を迷いなく掴んでいた。
突然の出来ごとに僕は言葉が出なかった。
「い、犬く……ん…」
 よほど人の波に翻弄されたのか、猫先輩は息絶え絶えだった。薄桃色のコートが彼女の華奢な腰を強調していて、クリスマスの華やかな雰囲気に合っている。
「人混みが苦手なのにどうした?用事があるなら俺に言えば良かったのに」
「あの、クリスマスツリ―が見たくて……」
 そっと猫先輩の背後からサンが現れて、僕の方へ寄って来た。
今、二人の間にはとてもじゃないが話しかける隙はなかった。お邪魔な僕とサンは、こっそり姿を消すべきだろう。
「そうか。綺麗だな」
「はい」
 猫先輩の手をぎゅっと握って犬先輩は朗らかに笑う。どれだけの人がいても、すぐに猫先輩を見つけてしまった犬先輩に僕は確かに愛情を感じた。
まだ付き合っていないのは、お互いに「お付き合いしましょう」の言葉が不要なほど相手の存在が必然になっているからだと僕は思った。
「人騒がせな二人よね……最初から猫が誘っていても犬は来たと思うけど」
「僕もそう思うよ。犬先輩さあ、猫先輩を見つけたらすぐに駆け寄って行ってたし」
 やれやれ、と息をついて二人から離れるとすぐにまた人波に飲まれる。小柄なサンが埋もれそうになったので、僕は咄嗟に手を伸ばしていた。
サンの小さな手が僕の手の中にすっぽりとおさまる。白いコートを羽織ったサンは、可愛くていつもより儚く見えて、何だか守ってあげなきゃいけない気がした。
「ちょっと!な、何で手を繋ぐのよ!恋人同士じゃあるまいし!」
「だって手をつないでないとサンがはぐれるだろ」
 僕は少し考えて彼女の小指を握った。
「な、何?」
「これなら手を繋いでないし、はぐれずにすむだろ」
「ん、まあこれなら……」
 ゴニョゴニョと呟くサンの小指を握りながら、クリスマスムードに浮かれた街を歩く。
 恋人じゃないけど、一緒にクリスマスを過ごせたのが僕は嬉しかった。
今はまだ口に出来ないけど。
後ろを振り返ると、サンが桃色の頬をして僕を見ていた。
視線が合ったときに、いつもよりドキドキしたのは僕だけじゃないはずだ。



 二人で歩いていると、本当にクリスマスギフト用に造られた花束を買い漁るカメ先輩に出会った。彼にしてみれば、これぞ恋人と過ごすクリスマスということらしい。
こうして、それぞれのクリスマスが幸せに過ぎて行く。


               〈了〉


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作者:藤森 凛


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