写真同好会の冬休み
 写真同好会が拠点としている部室(同好会なのに部室と呼ぶのもおかしな感じだが)は、旧校舎の三階にある。
きちんと学校側に認可された部室は部室棟と呼ばれる、新設されたばかりの綺麗な建物の方に部屋を用意されている。
差別だと言いたくなるが、活動していても何かの賞を貰ったり成績を残したり、学校にプラスになる活動をしていないので、文句を言える筋合いではない。
何が言いたいのかと言えば、部室棟はエアコン完備だが、旧校舎はストーブしかないということだ。
「昔の学生はどうやってこの寒さをしのいだんだろうな」
「どてらを羽織って首にマフラーを巻いて靴下二枚履きしたらしいぞ」
 無精ひげと上着の上からでも分かる筋肉が目印の犬先輩が、僕とストーブを分け合いながら(あるいは奪いあいながら)教えてくれた。
「まさか。そんな馬鹿な」
「東北の学校じゃあよくある話だぞ」
「いくら僕でもそんな嘘には騙されませんよ」
 我らが写真同好会は、冬休み中でも絶賛活動中だ。今日はわりと雪が積もったので誰も来ないかと思っていたら、すでに犬先輩が来ていた。
カップラーメンとコンビニおにぎり三個を頬張りながら、写真を眺めていた。彼の専門は筋肉と鉄道写真なので僕はまるで興味がない。
今日、眺めているのは近所の大学に侵入して体操部の筋肉自慢たちの筋肉を激写してきたものだった。
「ボディビルダー目指しているっていう人もいたぞ」
「何で体操部に入ったんですかね。まあボディービルダー部なんてないでしょうけど」
 実在したなら、怖いけど少し見てみたい気もする。
「夏は水泳もやるそうだ」
 確かに水泳でついた筋肉は自然で美しい。ハリウッドスターの某俳優の身体を見ればよく分かる。
「しかし寒いですね」
 古いストーブ一台では教室は温まらない。せめてスチームストーブが配置されていたら、もう少しは温かくなるのに。
「スチームストーブの真横に席が来ると熱くなりすぎて、ダウンする生徒がいるから廃止されたらしいぞ」
「何で僕の考えが分かるんですか……」
 ぶつぶつ言いながら男二人揃ってストーブの前で寄り添っているというのは何とも情けない。
せめて、胸が豊かな美人で性格が天使のような猫先輩がいてくれたら、今日来た意味もあるというのに。
「遅れてごめんなさい」
 願いが通じたのか、茶色い巻き髪と年齢に似つかわしくないほどの大きな胸を揺らしながら猫先輩が赤い頬で現れた。
「おお、猫。寒そうな顔してるな」
「ちょうど雪が吹いてきてしまって」
 雪国では『雪が吹いてきた』は当たり前の表現だが、よその県ではどうなんだろうと考えていると、犬先輩がさっと立ちあがって猫先輩を温かな場所に座らせる。自分の場所を譲ったのだ。
「温まった方がいいぞ」
「あ、ありがとう、犬くん」
 コートを羽織ったままの猫先輩がもじもじと俯きながらお礼を述べる。
ああ、しまった。こういうところで気が利かないから僕はモテないんだろうな。
薄桃色のコートを脱いだ猫先輩は上に体育のジャージを着ていた。
「ジャージですか……?」
「寒いので、どてらの代わりです」
 笑顔で答える猫先輩の背後で、犬先輩が勝ち誇った表情で親指を立てている。腹立つなあ。
「僕は寒いからズボンの下にタイツを履く日もあるよ。あれ温かいんだよねえ」
「わっ!いつからいたんですか、カメ先輩!」
「昨夜からだよ。カランコエという花があるんだが、花の持ちが良くて長い間楽しめるし、乾燥に強く多少の水切れでも枯れない鉢花でね。とても気に入っているんだ。そろそろ開花するんじゃないかと楽しみで、帰宅せずに部室に泊まったのさ」
 カランコエという花が植えられている鉢植えを愛おしそうに眺めながら、カメ先輩はマイペースに座った。
開花する瞬間を見逃したくないのなら、何も部室に泊まり込まなくても家に持って帰ればいいのに。
「あんまり激しく動かしたらカランコエの身体に障ると思ってね。大事な時期なんだ」
 だから、どうしてこの同好会の先輩たちは僕の心を読めるのだろう。
部室の中心に会議用テーブルを幾つもつなげて作った大きなテーブルと、パイプ椅子がある。そこが同好会会員のたまり場だ。
あとは、部長のサンだけが顔を見せていない。寒いから来ないかもしれない。
クリスマスに会ったきりだなあと、ぼんやりカメラを触りながら白いコートを着ていた彼女を思い出す。
金色の髪が白い雪の中で揺れていて綺麗だったので、頼み込んで一枚だけ写真を撮らせてもらった。
街中での撮影は恥ずかしかったらしく、それ以上は撮れなかったのが残念だ。
気が強いくせに恥ずかしがり屋な部分があるサンは、今頃なにをしているだろうか。
冬休みの宿題をしたり、読書をしたり、もしかしたらゲームなどをしているかもしれない。
そういえば僕はあまり彼女の日常生活について知らない。趣味とか好きな食べ物とか、よく買い物に行く店とか。
写真同好会の会員である僕の専門はサンだ。初めて出会った瞬間に思わずカメラのシャッターを切ったときからそう決まった。
自分が撮った写真をアルバムにしていくのが同好会の決まりだが、僕はまだアルバム一冊も出来ていない。ため息をついてカメラをいじっていると、犬先輩が僕の方を見ている。
「弟君、もしかしてサンのことでも考えていたのか?」
 脳みそまで筋肉みたいな男に思考を当てられてしまった。
「ええ、まあ。僕の専門はサンなので。アルバム一冊も作れていないのが情けないなあと考えていたんです」
 ぼそぼそと言い訳がましく話すと、猫先輩がお茶を淹れてくれた手を休めて僕の方に顔を向けた。
「サンちゃん、今日は来ないのでしょうか」
「どうでしょう」
 一応、ケイタイの番号は交換してあるのだからメールをすればいいのだが。
女の子とメールで会話するなんて、僕にはレベルが高すぎる。
「ケイタイの番号交換してないのか?」
 犬先輩の鋭い指摘に思わず黙り込んでしまう。
「先輩たちこそ交換してないんですか」
「僕はケイタイ持っていないんだ」
 カメ先輩は手をひらひらと振ってみせた。まあ、確かに花を心からの恋人としている男には不要なものだろう。
「私はまだ……勇気がなくて。お友達ならやはり番号交換は当然ですよね?でも迷惑かもしれないと思うと私」
 猫先輩は見た目だけが派手で中身は古風な大和撫子な女性なので、未だに番号交換を言いだせないでいるようだ。
「俺は知らなくても弟君が知っていればいいかと思って交換してないな」
 堂々とのたまう犬先輩。適当な人だから仕方ないか。
「そろそろ年末だし、デートでもしているのかもね」
 さらりとカメ先輩が爆弾を投下した。
「デート?年末になるとデートするものですか」
 動揺のあまり日本語がおかしくなった僕を不思議そうに眺めながら
「年末の時期はイルミネーションが至る所で華やかに飾られるからね。デートにはうってつけだろう。僕はイルミネーションが飾られている花屋によくデートに行くよ」
 カメ先輩の彼女は花なので、花屋にデートに行くとは花屋にある花とデートするという意味だ。ややこしい上に病的である。
「へえ、そういうもんなのか。そういや、この間見に行ったイルミネーションはすごかったなあ、猫」
「は、はい。そ、そうですね」
 顔を赤くして猫先輩が頷く。鈍感な筋肉ダルマの犬先輩に恋している猫先輩は、勇気を振り絞ってデートに誘ったのだろう。どうやら犬先輩は気が付いていないようだ。
「佑介くんは誰かとデートに行ったかい?」
 誰かとデートしているのが当然のようにカメ先輩にたずねられ、僕は返事に窮する。
カメ先輩は残念な中身をしているが、外見は俳優のように整った容姿をしているのでとても女性にモテる。デートぐらい当たり前のようにしたことがあるのだろうが、僕のように平凡な男にそうそうチャンスは巡って来ないのだ。
「いや、ないですよ」
「じゃあ、元カノとかはいますか」
 恋愛話に嬉しそうに猫先輩が喰いついてくる。どうして女性って恋愛話が好きなんだろう。
「唐突ですね」
「祐ちゃんは自分の話をあまりしてくれないので知りたいんです」
 少し寂しそうな猫先輩の瞳と真正面から目が合ってしまって僕はドキリとした。
自分の話をしたことなかったかな?
そういえばいつも先輩や、この同好会に引きずり込んでさっさと卒業した問題児の兄の話ばかりしていたような気がする。
僕のことを気にかけてくれていた猫先輩の優しさに何だか嬉しいような、照れくさいような複雑な気持ちになって、なかなか言葉が出てこない。
何と言おうか考えていると、いきなり部室のドアが乱暴に開いた。
「いいからいたのか、いないのか答えなさいよ!」
 全身に白を纏った金色の髪をした女神が叫んだ。
「サン、外はふぶいていたんだね……」
 外を見ると近くにあるはずの新校舎も視えないほどの吹雪だった。
白いコートを着たサンは全身雪まみれで、白い衣装を着た天使にも見える。
反射的にシャッターを切ったら冷たくなった彼女の鞄が飛んできた。
「サンちゃん、はやくコートを脱いでストーブにあたってください」
 慌てて猫先輩がサンに近づき、カメ先輩は紅茶を淹れている。
むっつりとした表情でサンが部室に入って来る。犬先輩が犬猫にするみたいにサンの頭をわしわしと撫でて雪を落としてあげている。
「随分と降られたなあ」
 犬先輩の怪力で撫でられたサンの頭はボサボサになってしまったが、金色の輝きは褪せていない。相変わらず目に飛び込んでくると目が話せない程の美しさだ。
またシャッターを切ると、冷えた手で耳を引っ張られた。
「ちょっと!こんなにグシャグシャになっている状態を撮影しないでよ!雪のせいで全身が濡れてみっともない格好なのよ?」
 顔を赤くして怒るサンをストーブの前に座らせながら
「みっともない状態じゃないよ。なんか雪の白がサンの金髪をひき立てて、幻想的な雰囲気だった」
 綺麗だよと言ったところでサンに足のすねを蹴られた。
「痛い!」
「変なこと言ってないで、さっさと質問に答えなさいよね」
「質問?」
 上目遣いにキツく睨まれて、猫先輩からの質問にまだ答えていないのを思い出した。
「ああ、彼女なんていたことないよ。僕は家では家事担当で、放課後にスーパーの特売に駆け込んだり、家族のお弁当にキャラ弁作ったり、かなり女性的行動してたから……あだ名に『おかあさん』なんてあったぐらいだし」
 クラスの女子からは料理や裁縫の相談を持ちかけられ仲は良かったが、それは娘が母親に家事のコツをきくのと変わりなかった。寂しい青春だ。
「佑介くんってお料理が得意なんですか。知りませんでした」
「母親が忙しい人なもんで。それに我が家は姉に兄、妹二人の五人兄妹で子どもが多いので、誰かがやらないと大変なことになるんですよ」
 修学旅行から帰って来たときに見た我が家の惨状は未だに思い出したくない悪夢の光景だった。思い出してため息をついていると、サンが僕をじっと見ていた。猫みたいにアーモンド状の瞳が光っているように見える。
僕にだけ光って見えるのだろうか、初めて出会ったときにも瞳が輝いていて、一瞬で虜になった。友情とか恋とかそんなのはまだ全然分からないけれど、彼女から目が離せないのは事実だ。
「そんなに家事が得意なら、今度お弁当を作ってきなさい。私が腕前を確かめてあげるわ」
 いつの間にか機嫌が良くなったのかサンがいつものように偉そうな口調で僕に命令した。
「じゃあ、好きな食べ物は何?」
 僕はサンのことをよく知らない。だから少しずつ、彼女に質問をして知っていこう。そうしていけば、いつかもっとサンを上手に撮れるようになる気がする。
「そうね……」
 問いかけにしばし悩んでから、彼女は太陽みたいに眩しい笑顔を向けた。
「ハンバーグ!」
 可愛い好物に同好会のみんなが微笑ましさのあまりに笑いだす。サンは何で笑うのと赤面している。
 いつの間にか室内は、すっかり温かさが充満していた。




                          〈了〉


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