A pleasant crisis.
 世の中にストーブほどありがたい物があるだろうか。いいや、そんな物はない。
神が人類に与えもうた最大の慈悲こそがストーブなのである。
「こら、カメラ!うわ言を呟いている暇があるなら、体温を上げなさい」
 サンの鋭い声が飛んできたが、僕は答えることが出来ない。口元まで毛布で覆っているからだ。
 何故、僕は校舎の片隅で死にかけているのだろうか。ぼんやりとした頭で、数時間前のことを思い出す。


 才色兼備・完全無欠の少女、サンは高校一年に飛び級した十四歳である。
見た目の愛らしさと周囲より低い身長が、彼女をとても目立たせている。本人も自覚があるようで、人目のない場所で弁当を食べたり、こっそり移動したり、なるべく見られないように気をつけているようだ。
 天上天下唯我独尊な彼女にしてみれば、顔が愛らしい・頭が平均より優れている、というくだらない理由でまとわりつかれるのは非常に苛々するらしい。
「私が優れているのは当たり前でしょ!そんなことを何百回も聞く気はないの!」
 疎ましがる理由を聞いたら、サンに怒鳴りつけられた。気が強く、年上のはずの僕は彼女に頭が上がらない。
 サンは僕が所属している『写真同好会』の会長を務めている。僕の兄・直介と知りあいらしく、僕が入会した時には既に彼女は会長だった。だから、兄とどんな経緯があったのかは知らない。
気にはなっているのだが、何故か正面から聞く勇気が出なくて未だに聞けずにいる。
 初対面で思わず、サンにカメラを向けた僕は彼女から『カメラ』と呼ばれている。
写真同好会は別名『変人倶楽部』と呼ばれており、メンバーもマッチョで鉄道オタクの犬先輩、スタイル抜群の大和撫子な猫先輩、美青年だけど植物愛のカメ先輩と、まともな人間はいない。
 そんな変人倶楽部だが、一応活動はしている。それぞれの興味がある分野の写真を撮り、現像して、アルバムを作成するのだ。
活動の結果、『心霊写真特集』やら『校内美少女特集』やら『花たちのダンス』やら、訳の分からない、決して開きたくないアルバムばかりがあるのだが。
 事件が起きたのは、僕が暗室を使おうと思った時から始まっていた。
「大分、写真がたまったから、そろそろ現像したいんだよなあ」
「カメラ、あんたまさかカメラ屋へ行こうとしようとしてないわよね」
 サンの鋭い眼差しに、僕はドキリとした、図星だった。
「私たちは写真同好会よ。現像も自分たちでやるに決まっているでしょ」
「え、でも僕はやり方が分からないしさ」
 くるりと背中を見せて、サンが部室の奥へ歩を進める。
「暗室ぐらいあるわよ。手順を教えるから、さっさとやりなさい」
 正直、サンの綺麗な金の髪が揺れるのに見惚れていたので、話を聞いておらず、僕は曖昧に頷いた。
「でも、もう6時回ってるぜ?早く終わるのか?」
「あんたがすぐに終わらせるのよ」
 ごもっともな意見に従って、僕らは酢の香りがする暗室へ入った。
 

 作業を終えて、外に出ると部屋のドアに鍵がかかっていた。
「あれ?開かないぞ?」
「まさか、犬の奴、私たちがいないと思って鍵をかけたんじゃ……」
 鍵はメンバー交代制になっており、今日の当番は犬先輩だ。
 部屋の奥にある暗室で作業していたために、どうやら見落とされてしまったらしい。
「仕方ないわね、カメラ。あんた、ドアを蹴破りなさい」
「はあ?このドア、めちゃくちゃ硬いぞ?」
 古い割に造りが丈夫な旧校舎のドアは簡単に蹴破れる類のものではない。
「じゃあ、どうするのよ」
「ええと、見回りの先生が来るのを待つとかさ。守衛さんとかいるんじゃないかな」
 納得したようで、サンは椅子に座った。
「……寒いわね」
 確かに彼女の言う通り、寒い空気が頬を撫でる。部屋の隅にあるヒーターを触ると冷たい。
「しまった!下校時間が過ぎたからヒーターが切られた……」
「それじゃあ、寒いじゃない。何とかしなさいよ」
 言い方には腹が立つが、小柄なサンの肩が震えているのを見ると自分が何とかしてやりたくなる。
僕は慌てて部屋を漁った。不思議なことに毛布とストーブがあり、電気ポットまであった。
「この部屋に生活してる奴がいるんじゃないだろうな」
「直介が、この部屋を『改造』したのよ。自分たちの快適空間にね」
 さらに漁ると扇風機、風鈴、ござ(花見用?)、まくらなど実に様々なものがあり、自分の兄のアホ加減に僕は頭痛がした。
「僕は今、猛烈に恥ずかしいぞ……」
 落ち込んでいる僕をよそに、サンはストーブの前で毛布にくるまって温かいお茶を飲んでいる。頬に赤みが戻って震えも治まったようだ。僕はほっとした。
兄の馬鹿な行動が少しは役に立ったようだ。
 しかし、本格的な夜の時間帯に差し掛かると、ストーブだけでは辛くなってきた。他に火の気がない旧校舎は冷えており、すごい勢いでストーブの熱を奪っていく。
「くそっ、部屋の明かりが点いているのに誰も来ないな。職務怠慢じゃないか?」
 毛布の中で両腕をさすりながら愚痴ったが、返事はない。
 隣を見ると、サンは青い顔で目を強くつぶっている。
「サン?どうした、具合でも悪いのか?」
「寒いの!何とかしなさい」
 口は強がっているが相当寒がっていることが分かる。もしかしてサンは身体が弱いのだろうか?
 僕は急に不安になった。このまま朝まで見つけてもらえなかったら、サンは身体を壊してしまうかもしれない。
「サン、ちょっとごめん」
 一言謝って、僕は自分の毛布をサンにかけて更に後ろからサンを抱きしめた。
「カ、カメラ?な、ななな何のつもりっ?」
 上ずったサンの声が、すぐ近くで聞こえる。
「これで、さっきよりはあったかくなった?」
「……あんたが寒いじゃない」
「僕は丈夫だから」
「……馬鹿ね」
 何故か、サンの耳が赤くなっている。熱でもあるのだろうか。
「でも……―――」
「え?」
 サンの呟いた声が聞きとれず、聞き返そうとした瞬間ドアが開いた。
「お、すまん!邪魔したかな?」
 猫先輩と犬先輩、カメ先輩が立っていた。
「直介さんから連絡があってね。弟が帰ってこないって」
「でも、まさかサンちゃんと祐ちゃんが……」
 猫先輩は頬を赤くしてもじもじしている。可愛らしい仕草だが、何やら勘違いをされたようだ。
「いーぬぅうう!次やったら蹴るわよ!」
 耳まで赤いサンが毛布をかぶったまま、犬先輩に突進していく。
どうやら体調が悪いわけでないようだ。僕は助かった安心もあって、ほっと息をついた。
 そっと猫先輩が隣に寄ってきて、そっと囁いた。




「はあ、え、それはどういう……」
「祐ちゃん、頑張ってね」
 

 あの時、サンは何て言ったんだろう?
『ありがとう』?
 ……まさかね。



<了>


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