odd room
 私は小さい頃から『特別』だった。そんな言葉に酔うことが出来るぐらいの馬鹿だったら、私は今でも無邪気に喜んで『特別』なんて陳腐な言葉を受け入れていたかもしれない。
 でも私は馬鹿にはなれなかった。馬鹿の方がいくらか生きやすいなんてこと分かっていたのに。
『特別』という言葉を隠れ蓑にして、人は私を遠ざけて隔離した。私はいつも一人で、特別と書かれたひとりぼっちのステージに立ち続けることしか出来なかった。
幼い頃に感じていた孤独はいつしか枯れて、渇いて、私は何も感じなくなった。
もう周囲の人間なんてどうでもよくなった。祖母譲りの金髪は、家族にすら『特別』と褒められるから私は本当に全てから隔離された。
 私は『特別』。だからひとりきり。誰も私の傍にいることは出来ない。『特別』じゃないから。
 いくつになっても私は『特別』だったから、ずっと一人で生きていくことになるのだと、高校に飛び級が決まった時から諦めていた。
『あの人』に出会うまでは。
 下見に行った高校でいきなり写真を撮られた。写真を撮られることには慣れていた。何故か男女問わず、私の容姿は写真に収めたくなるらしい。
「君、可愛いね!いくつ?」
 短髪で金髪の男は軽薄そうな笑顔を浮かべて私に近づいてきた。
「勝手に写真を撮らないでくれる?訴えることも出来るのよ」
 大抵の人はこの一言で、嫌な顔をして離れていく。年下の生意気な女の子というものは世間から嫌われる生き物だ。
「へへっ、いいね。その闘争心は貴重だよ。最近はゆとり世代なんて呼ばれる腑抜けが増えてつまらなくなってきたからさあ」
「あなたは違うの?見知らぬ他人にいきなりカメラを向けるなんて、ゆとり世代特有の危機感の無さを感じるけど?」
 突き放したくてわざときつく言い放ったのに、そいつはまだ笑ったままだ。
「俺はゆとりじゃなくて呑気ってやつらしいよ。君さあ、この高校に入るの?」
 私の姿を見て入学と判断するなんて、かなり珍しい。私は飛び級で入学するのでまだ高校生に見えない容姿のはずなのだ。
「何で?入学するって言ったら何なのよ」
「俺は『写真同好会』の会長をやってるんだ。今年で卒業だからさ、君、来年入学したら会長をやってよ」
「はあ?何を言っているのよ!何で私が」
「ようし、会員を紹介するよ!こっち、こっち!」
 強引に手を引かれて連れて行かれた場所には、風変りな奴らがいた。
「あれ。直介さん、ついに美少女を誘拐してきたんですか?捕まりますよ」
 やたらと筋肉質な男が笑いながら私と、変な男に話しかけた。どうやらこのやけに馴れ馴れしい男は直介というらしい。筋肉質の男は片手でバーベルを上げながら、片手で鉄道模型をいじっている。何をしているのか理解に苦しむ。
「直介さん、無理やり連れてきてはダメですよ。大丈夫ですか?びっくりさせてしまってごめんなさい。この方は写真同好会の会長さんで、決して人攫いではないのです」
 綺麗な栗色の髪をした女性が優しく私を見つめて、ジュースを差し出してくれた。派手な色をした爪とは正反対に差し出された手は驚くほど白い。そして同性でも目がいってしまうぐらい豊かな胸をしている。
丁寧な言葉とは裏腹に服装は派手で短いスカートとカラフルなアクセサリーが目につく。
「もしかして新入生なのかな?会長は本当に行動が早いですね。弟君が入会すれば、これで来年からもこの同好会は存続出来ます」
 窓際に立っていた青年が日差しを背に受けながらこちらを見た。長身で顔は綺麗に整っている。これほど整った顔立ちをした男性は初めてだった。
「もっと俺を褒め称えて構わんぞ、皆の衆!俺は行動派なのだ!」
 金髪の髪を揺らして、直介なる男は大声で笑いながら胸を張って見せた。
「ちょっと待ちなさいよ!私は入会するなんて一言も言ってないでしょ!勝手に決めないでよね」
「ん?だって此処なら君はこどもでいられるんだぜ」
 直介の言葉は息を失うほどに私の胸を貫いた。
「な、何言っているのよ!私は別に子どもでいたいなんて言ってないでしょ!」
「校門のところで迷子みたいに半泣きしてたろ?だから声かけたんだ。迷っているのかなあって」
「半泣き?私が?そんなみっともないことするわけないじゃない!」
 ほとんど金切り声を上げて反論する自分を、自分で信じられなかった。今までこんな風に怒鳴り声を上げたことなんてなかったのに。
どうしてこの男は私の感情を逆なでして、私の『特別』を簡単に壊していくの?
『特別』……?
 私は深呼吸をして周囲を見渡した。
金髪の軽薄そうな男。筋肉質の男。美形の男。美人の女。
 私は『特別』?
いきなり他人を激写して連れ去る男。謎の行動をする男。外見と中身が違う美女。絶世の美青年。
この集団にいる私はまるで『平凡』だ。褒められていた金髪だって珍しくないし、褒められていた顔立ちも埋もれてしまうし、褒められていた体型だって劣っているし、難解と陰口を叩かれた性格だってここでは普通だ。
「何なの、この同好会は?変態ばっかりじゃない」
 私、全然『特別』じゃない。
気がつくと、私は笑っていた。生まれて初めて私は『平凡』になれる場所に出会った。


 入学までの二カ月、私は同好会に通った。暇だったし、もう少し彼らを知っておきたかった。本当に私を『平凡』でいさせてくれるのか確かめたかった。
結果は予想以上だった。筋肉質の男は犬と呼ばれていて筋肉・鉄道マニアで、運動部に潜り込んで撮影しては逃亡している。
ナイスバディの美女は猫と呼ばれていて、可愛いものを中心に撮影していたかと思ったら肝が一瞬にして冷えるような心霊写真を見せられた。
美形の男はカメと呼ばれ、「花が恋人」と公言して憚らず、生活の中心は植物に合わせていた。花の開花と共に目覚め、花と共に眠るのだそうだ。
私を強引に勧誘した直介は、校内・校外問わず美少女の写真を撮りまくり、女子に追いかけられ男子からは勇者として崇められていた。
 そろそろ直介が卒業という時に突然、彼は言った。
「俺の弟がきっとサンを退屈させないぜ。約束してもいい」
「弟?」
「そ、俺の弟!」
 やけに自信満々な直介の言葉は気になった。

 そして、私は直介の弟・佑介に出会った。
いきなり、私を激写した所は兄と同じだけど、どこにも特別な部分のない平平凡凡な奴だ。こんな奴が私を退屈させないなんて意味が分からない。
意味なんて分かるはずもないのに。
「サン。お菓子を食べこぼすなよ。虫がたかるぞ」
「ママみたいなこと言わないで。あんたおばさんみたい」
「じゃあサンは赤ちゃんみたいだ」
「何ですって?」
 睨みつけてやると、佑介ことカメラは笑っている。
「誰が赤ちゃんよ!」
「ほら、またこぼした。サンちゃんは仕方ないなあ〜」
「カメラ!蹴るわよ!」
「いってっ!もう蹴ってるって!」
 こいつは私を『特別』扱いするどころか、まるで子供扱いして、まるで同い年みたいに扱って、まるで、まるで……
私、普通の女の子みたいだ。
「あんまり乱暴だと嫁の貰い手がなくなるぞ」
「私の外見をもってして、そんなことあるわけないでしょ」
 真面目に言ったのにカメラは爆笑した。
「カメラ!」
「痛いって、蹴るなって!いや、ほら人の趣味は色々だからサンにもチャンスがあるって、きっと」
「どういう意味よ!」
 こいつといると、私を覆っていた鎧がまるで通用しない。
『普通』でいられることが嬉しいのに、何故かこいつには『特別』に見られたくなる時がある。
こんなチグハグな気持ち、理解出来ない。
 ただ、今はまだこのままでいたい。私を『普通』にしてくれた場所と、『普通』の女の子にしてくれたカメラと――佑介と一緒に過ごしたい。
 綻びた『特別』な鎧はもう捨てることが出来る、今はそれがたまらなく嬉しくて。この謎めいたチグハグはもう少しだけ私の中に閉じ込めておこう。
あと、少しだけ。



<了>


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