Sweet Liar
 空気がカカオ色に染まる季節は、いつも僕を憂鬱にさせる。
世間のチョコ好き男子は堂々とチョコを買うことを許されなくなり、ましてやチョコが好きだなどと公言すれば白い目で見られてしまう有様なのだ。
何と恐ろしい季節であろうか!
 それだというのに、一歩外に踏み出せばやたらと赤いハートを描いた看板が目立ち、どの店でも声高に『愛の告白はチョコと一緒に』と余計なひと言を叫びまくっている。
何がそんなに楽しいか、女子たちは皆一様にチョコ売り場に群がり、チョコを漁りまくる。
近頃では『友チョコ』なるものが流行っており、女友だち同士でチョコを交換するらしい。
何故、女子の間でチョコをやり取りする必要があるのだろうか!
世の中にはチョコを貰えない男子が溢れているのだから、交換するぐらいなら恵んでくれたらいいのだ。
そもそもこの季節にチョコを贈るのは、お菓子会社の陰謀であり――……
「うるさいわよ、カメラ!いつまでブツブツ言っているのよ」
 可愛い声とは裏腹な厳しい言葉に僕は顔をしかめて振り返った。
 金髪のツインテールを揺らして、写真同好会会長・サンが僕を虫でも見るような視線で射る。
「あらあら、佑ちゃんはチョコが嫌いだったのですか?」
 同じく写真同好会所属で一学年先輩の美女、猫先輩が大きな胸と栗毛を揺らして悲しそうに首を振った。
「いえ、決してチョコが嫌いなわけでは……」
「要するにバレンタインデーにチョコが貰えないのが辛いわけだな、弟君よ」
 筋肉隆々の男・犬先輩がにやついた顔で頷いて見せた。
僕の兄がこの同好会に所属していたので、僕は弟君と呼ばれている。
どうやら人の名前を覚えるのが苦手なようだ。きっと脳みそまで筋肉に違いない。
 角刈りで筋肉だるまのような容姿だが、彼は僕の仲間ではない。
猫先輩という見かけがギャルなのに中身が大和撫子でスタイル抜群という、完璧超人と呼んで差し支えないほどの美人に惚れられているらしいのだ。
僕は猫先輩が犬先輩に惚れているなんて考えるぐらいなら、大嫌いなカエルの顔を一日中見つめた方がマシだとすら思っている。
「やあ、もうみんな勢ぞろいだね」
 優しく甘ったるい声と共に容姿端麗な男が入ってきた。彼はカメ先輩。
植物を自分の恋人と平気で公言している、何とも電波な性格をしている。
だが、女性というものは兎角容姿に惑わされる生き物のようで、彼を慕っている女子は多い。
もちろん、今日も紙袋いっぱいのチョコを抱えている。
「これ全部貰ったのか?」
「うん、断り切れなくてね。これから毎食チョコで生きていこうかと考えているよ」
 冗談ではなく、カメ先輩は真顔で発言しているところが恐ろしい。そんな生活をしたら、一カ月後には別人が僕の目の前に座ることになってしまうだろう。
「ダメよ、カメくん。そんな生活は身体に悪いですよ」
 猫先輩は可愛らしい顔を心配そうに曇らせる。仕草の一つ一つが本当に愛らしい人だ。
「バレンタイデーってチョコを大量に配る日なの?意味が分からないわ」
 この中で一番年下のくせにサンは冷めた意見を述べた。飛び級して高校に入ってきたサンは同じ一年生の僕よりも年下だ。
つまり、一番バレンタイデーについてはしゃぐ年ごろのはずなのだが、サンにとっては大量のチョコが無意味にばらまかれる日という認識しかないらしい。
「そうですねえ、普段お世話になっている方に感謝の気持ちを込めてチョコを贈る日というものでしょうか。あとは……好きな人に告白するキッカケをくれる日でもありますね」
 後半は頬を赤らめて話す猫先輩はドキリと胸が高鳴るほどに可愛いのに、肝心の想い人はのんきにお茶を啜っている。
あんな奴にあげるチョコがあるなら僕にくれないだろうか。
僕の願いが通じたのか、猫先輩が鞄から可愛い包みをテーブルに並べた。
「私からの感謝の気持ちです。いつもありがとうございます、これからもよろしくお願いします」
 にっこりと花が咲き誇るような笑顔で、猫先輩が花柄の包みを差し出してくれた瞬間、僕は生まれて初めてバレンタイデーを好きになった。
「あの、カメくんは……こんなにチョコがあって食べきれないですよね……」
「親しい人からのチョコが最優先だよ。ありがとう、猫」
 気を使う猫先輩から笑顔でカメ先輩はチョコを受け取った。このスマートな仕草が板についているのがモテる男というものなのか。
「サンちゃん、どうぞ。今は『友チョコ』といって友だちにチョコをあげるそうなんです。サンちゃん、大好きですよ」
「あ、ありがと……」
 ストレートな猫先輩にサンは照れたらしく、頬が赤くなる。
手渡されたチョコが、テディベアがチョコを抱えているという子どもっぽいデザインだったせいもあるだろう。
「そ、それから、あの……」
 ひときわ大きな包みが鞄から見えている。犬先輩のためのものに違いない。
「あ。僕、花に水をやる時間だから行くね」
「カメラ、あんた私に用事があるんでしょ。とっとと行くわよ」
「え?」
 きょとんとしたら、サンに勢いよく足を踏まれて声にならない悲鳴を上げた。
「あ・る・ん・で・しょ」
「は、はい。あります、すごくありますです……」
 かくして僕らはぞろぞろと部屋を出た。
「猫」
「は、はははい。あの、私、そのあの、ええと」
 犬は笑って手を差し出した。
「バレンタイデーっていいな。お前からのチョコが食べられるから俺は好きだ」
 猫は真っ赤になってチョコを落としそうになった。



 カメ先輩は本当に水をやりに行き、僕はサンとふたりで帰途についた。
「あーあ、今頃犬先輩は猫先輩から愛のこもったチョコを受け取ってるんだろうなあ」
「何よ、カメラあんたチョコ貰えなかったわけ?まさか猫からの義理チョコ一個だけなんて言わないでしょうね」
 図星をつかれ僕は黙りこんだ。クラスの女子からチロルチョコなら貰ったなどと、情けないことを言えるわけがない。
「バレンタイデーって男には辛い日だよな……。今年はチョコ一個かあ」
 貰えただけマシだと思うべきだろうとため息をつくと、サンがこちらを睨んでいる。
「どうした?」
「バレンタイデーだからって急に告白したり、チョコを大量にくばったりなんて馬鹿馬鹿しいわ。ましてや数を競う奴らはゲスね。女からのチョコで競い合うなんて男女差別も甚だしいじゃない」
「え、ああ。そうだな」
「だから私はそんな馬鹿げたイベントなんか参加しないわよ」
 金髪の髪に夕日の色が混じる。
「考え方は人それぞれだし、サンはそれでいいんじゃないか。人によっては楽しいイベントだろうしさ」
 僕はバレンタイデーを完全に否定する気はない。楽しそうにバレンタイデーについて話している女友だちを見ていると、悪くはないな、なんて思ってしまう。
「だから、これは関係ないんだからね!ただ、あんたにチョコを恵んでやろうと思ったのが今日だっただけなんだから!」
 夕日に照らされたサンの顔が真っ赤に染まる。肩が小刻みに揺れていた。
 彼女の手にはピンクの包みが握られており、それは乱暴に僕に押しつけられた。
「サ、サン……」
 お礼を言おうと思った瞬間には、サンは走り出してしまっていた。
 ピンクの包みからは、微かに花の香りがした。サンの香りだ。
 僕はどうしようもないほどに高鳴る胸を抑えることが出来ず、湧き上がってくるもどかしい感情の名前すら分からなかった。
 僕は生まれて初めてバレンタイデーの意味を理解したような気がした。



 ホワイトデーに僕はきっとサンに贈り物をするだろう。その時までにもう少し、彼女について知りたいと切実に思う。

このバレンタイデーをきっかけに距離が縮まればいい、そう考えて僕は包みをそっと胸に押し当てた。


<了>


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