フリークス&フリークス
 長い栗毛を指先でクルクルと巻きながら、猫先輩はため息をついた。アンニュイな表情があまりにも綺麗で、心配するのを忘れそうになるほどだ。
窓辺で壁に凭れながら、憂鬱そうな表情をしている猫先輩は一枚の絵画のように美しい。
「猫先輩、どうしたんですか?」
 部室に散乱しているジュースの中で、まともそうなものを選びながら僕は質問した。すると、アーモンド状の潤んだ大きな瞳がこちらを見つめた。
「祐ちゃん、聞いてくれますか?」
 小首を傾げて不安そうに聞いてくる美少女に対して、頷かない男子はいないだろう。仕草だけでなく、見た目も抜群に猫先輩は可愛い。派手な巻き髪に茶髪、男子を釘付けにする豊かな胸、柳腰に健康的な太もも、中身は大和撫子という完璧にして無敵な猫先輩は学年、学校関係なく、大変モテる。もう一人、容姿は良い先輩が写真同好会にいるが、その男は本気で「花が恋人」と言い切るので彼女がいない理由はよく分かっている。
だが、こんなに完璧な猫先輩に浮いた話がないというのは奇妙である。
もしや、悩みというのは恋愛の悩みなのだろうか。大分、野次馬根性を抱えながら僕は頷いた。
「僕でも良かったら、何でもききますよ」
 兄の友人である猫先輩は僕を「ちゃん」付けで呼ぶので、てっきり子ども扱いしているのだと思っていたが、悩みを打ち明けようとするということはある程度は頼りにしてくれているらしい。男としては誇らしい気持ちになる。
 しばらく、スカートの裾を握ってもじもじしていたが、ようやく覚悟を決めたというように猫先輩は僕を正面から見た。
「あの、祐ちゃん!あのですね・・・付き合ってもらえないでしょうか」
 奇跡は信じていれば必ず起こる。僕は世界中の男子に向かってそう叫びたい衝動に駆られながらも、表面上は冷静さを保った。
「ええと、付き合うというのは……」
「犬くんにもカメくんにもサン部長にも内緒ってことじゃダメ、かな?」
 そんな可愛い顔と声で言われては、頷くしかない。
 犬先輩は同好会の先輩で角刈り頭と筋肉質な体を持つ筋肉オタクの鉄道マニアである。カメ先輩は前述の通り、見た目はいいが中身は花を恋人として愛する変態だ。
サン・・・・・彼女は飛び級で高校に入ってきた天才で、不思議な魅力を持つ少女だ。正直に言うと、初めて彼女に出会った時に僕はサンに魅了されてしまったのである。この気持ちが恋なのか、尊敬の気持ちなのか、友情なのか、僕にはまだ分からない。
そんな宙ぶらりんな時に、まさか猫先輩から告白されるとは。
 猫先輩は動物と子どもを中心に写真を撮っているが、彼女の専門の中には心霊写真も含まれているので油断出来ない。可愛いだけではないのが、ある意味で魅力といえなくもない。
「僕は皆に内緒でも構わないですが、あの、犬先輩はいいんですか?」
 僕はずっと猫先輩は犬先輩と付き合っていると思っていたのだ。まさに美女と野獣という組み合わせなのだが、上手くいっているように見えた。特に猫先輩の方がベタ惚れしていると思っていたのだが。
「犬くんには断られてしまったのです。何やら珍しい鉄道が走るらしくて、興味が無いようです」
 つまり、鉄道と猫先輩を天秤にかけて鉄道を取ったということだろうか?
何と勿体無い!脳みそまで筋肉なのではないかと思われる犬先輩には二度と、猫先輩のような美女が好意を寄せてくれることはないだろう。
僕なら千年に一度しか走らない電車が見られると言われても、猫先輩を選ぶ。顔と性格が良くて、ナイスバディな女性が現実に存在することは奇跡よりも奇跡なのである。
現実には漫画に出てくるような美少女はいない。
「突然なのですが、明日のお休みに此処へ行きたいのです……」
おずおずと猫先輩が差し出した紙には『喫茶店 ザフール』と書いてある。
「いいですよ、場所は猫先輩分かるんですか?」
「ええ、お気に入りの場所なんです」
 はにかみながら答える猫先輩は非常に可愛らしい。変態同好会という悪名高い写真同好会に我慢していた甲斐があったというもである。
早速、明日学校の正門で待ち合わせすることになった。


それから数時間後、僕は携帯を握り締めて犬先輩に電話をすることになる。
「塩、塩がいりますよ!っていうか僕、ヤバイんですけど?」
「猫に頼まれたんだが、俺は予定があったからさあ。まさかお前に頼むとはなあ。あはははは、ははあ」
 息が切れるぐらいの勢いで犬先輩は大笑いしている。これが電話でなかったら殴ってやりたい。
 ほんの数時間前まで僕は幸せに過ごしていたのに。


 ダメージ加工のキャミソールに黒のミニスカートにニーソを合わせた猫先輩は非常に可愛くて、僕はテンションが上がった。
だから、彼女が段々人のいない場所へ歩き出していることに気づいていなかったのである。
「祐ちゃん、到着しました。私、ずっと此処で撮影したかったのです」
 嬉しそうに弾む声が指し示した場所は、潰れてから十年以上は経っていそうな古い建物だった。元々が喫茶店であることは、倒れた看板と室内の様子から判断出来た。
しかし、看板の文字は判読不能なほどに剥げており、窓ガラスにも罅が入っており、埃だらけであることが室外からも判断できるほど店内は汚れている。
「此処は有名な心霊スポットなのですよ。でも、皆嫌がって来てくれませんでしたの」
「付き合うって、此処に付き合ってほしいってことですか?」
 震える声で尋ねると
「ええ。心霊写真は沢山取れた方がいいですから」
 訳の分からないことを、満面の笑みで言われてしまった。
 この恐ろしい状態を何とかしようと、僕は咄嗟に犬先輩に電話をかけた。


「ううん、そうだな。撮影終わったし、俺もそっちに向かうか……あ」
「何です?」
「わり、財布の中がすっからかんだ」
 僕の中で不吉な予感が走る。
「残念ながら、本日の俺は売りきれってことで。頑張れよ、弟君」
 兄の友人である犬先輩は僕を弟君と呼ぶ。名前で呼んで欲しい僕としては面白くないのだが、今はそんなことはどうでもよかった。
「み、見捨てないでくださいよ!」
「しかしなあ、今どこら辺にいるかだけでもおし――」
 電話は唐突に切れた。どうやら充電が切れたらしい。不精な犬先輩の携帯は頻繁に充電が切れるので、皆、通話中に突然切れることに慣れてしまった。
 だが、今回は冷静ではいられなかった。
「充電をちゃんとしてくださいって、何回も言ったじゃないですかあ!」
 もう切れてしまった電話に僕は虚しく叫んだ。
「祐ちゃん、行きましょう」
 嬉しそうに弾んだ声を出して僕に笑顔を向ける猫先輩に、僕は「いいえ」とは口が裂けても言えなかった。
 モテたことが勘違いだったことだけでもダメージが大きかったのに、さらにこんな不気味な心霊スポットに入ることになろうとは。
 僕の体力はもう残念ながら売り切れ中です。
 自嘲的に冗談を呟くと、僕は猫先輩の後を追って歩き出した。



<了>


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