サンはまだ怒っているだろうか。日曜日にサンは来るだろうか。
急に肩がズンと重くなり、気持ちが沼の底にはまってしまったみたいに苦しい。
身動きがとれない。
 デジタルカメラなら、もっと上手に自分が表現したいサンを撮影出来ると思ったから、だからデジタルカメラが欲しいと思ったのに。
カメラだけ手に入っても仕方ないんだ。僕はサンを、いつもの太陽みたいに輝いているサンを撮影したいんだ。
 拳をぎゅっと握ると、僕はある同好会の部室を目指した。
自分の思慮の足りなさでサンを傷つけてしまったのなら、きちんと謝りたい。
勇気を出して彼女に伝えなくちゃいけない。
そのために準備が必要だ。


 金曜日の放課後。
僕はそわそわしながら、旧校舎の入り口に立っていた。
サンにはメールで来てくれるように伝えたし、あとは運を天に任せるしかない。
来てくれないかもしれないけど、そのときはそのときだ。
男らしく覚悟を決めたつもりだったが不安になってきて、うろうろしているといつもの凛とした声がした。
「動物園の熊みたいにうろうろして、一体何の用よ」
 黄金色の髪を揺らし、深緑色の瞳で僕を見据えながらサンが仁王立ちしていた。
「ちょっと一緒に来てほしい場所があって」
 有無を言わさず、僕は背中を向けて目的地まで歩き始めた。深く追求されたら上手に答える自信がなかった。
「ま、待ちなさいよ。何なのよ」
 慌てるサンの声がするが立ち止まったら勇気が挫けそうだ。僕は無言で歩を進める。
目的地に到着すると軋むドアを開けてサンの方を振り返る。
「ここは……調理室……?」
 目的地は調理同好会またの名を『創作料理を何でも作ろうの会』の部室である。
旧校舎にあった調理室をそのまま部室にしており、カップ麺を作るときなどに利用させてもらっている。
僕は用意しておいた材料が置いてある調理台へ近付き、エプロンをつける。
「サン、一緒に料理しよう」
 緊張の一瞬だ。冷や汗が流れる。
「私が卵を割れるかどうか確かめようってわけ?何よ、あんた本当に腹がたつわね」
 怒るというよりも、むしろ泣きそうな顔になったサンに僕は慌てて言葉を紡ぐ。
「違うよ!割れるとか割れないとかそういうんじゃなくて。あのとき、サンの言葉を頭から疑ってごめん。謝るだけじゃなくて、その、態度でちゃんと示したくて」
 自分が伝えたい感情が上手く言葉にならないもどかしさに頭をかきながら、僕はサンの瞳を見つめる。
「ええと、ふたりで楽しく料理したいって思ったんだ」
 卵なんか割れたって割れなくたって、どっちでもいい。ただ笑って楽しく、料理をしたいんだ。
サン、君と。
 沈黙が落ちる。実際には一分もなかったのかもしれないが、僕には五分ぐらい流れたように感じた。
「……バカ」
「え」
 やはり怒ったのだろうか。サンの一言に心臓が跳ねる。
「お、教えなさいよ」
 顔を真っ赤にしながらサンが卵をひとつ掴んで僕に見せる。
「これぐらい自分で割れるけど、あんたがどうしても私に教えたいっていうなら聞いてあげるわよ」
「お、教えたい!僕の裏ワザを、簡単に割れる技を開発したんだ!」
 我ながら何を口走ったのか分からなかったが、でもサンは微笑んでくれた。
「バカね、本当に」
 夕暮れの陽射しを背中に受けて微笑むサンは自らの力で輝いているようで、まるで本物の天使みたいだった。金色の髪がキラキラと光って天使の輪に見える。
今まで感じたことのない強い感情が心の底から湧きあがってきて、僕は言葉を失った。
あれ、おかしいぞ。こんな気持ちになったことなんてない。
僕は今、すごく鼓動が速くて身体が熱くて、そして。

――サンを抱きしめたいと思ってる。

「はやく始めるわよ、カメラ」
 サンが卵を掴んだまま僕を指差す。やばい、完全に僕はサンの言いなりになっていく。
初めて出会った日、無意識にシャッターを切ったあの時から僕はサンのことが。
「……まさかね」
 口に出して打ち消して気付かないふりをしていよう。今はまだ。



 教室のドアの隙間にカメ、猫、犬の先輩たち三人が窮屈そうに室内を覗いていたことに僕はまるで気付いていなかった。
「佑介くん、自力で仲直りしたね。僕らはおせっかいだったかな」
「いやいや、俺達の計画がさらなるひと押しをすることになるだろう。ふふふ」
 不敵に笑う犬先輩に肩をすくめてみせるカメ先輩。
「良かったですねえ、ふたりとも良かったですねえ」
 僕らの仲直りに感動した猫先輩は滂沱していた。



       

 後日談を残して……<了>


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