新↑ 

あけましておめでとう。
 年が明けて、新年を迎えた今年最初の日。
朝日はどこまでも、雄大で美しく白い世界を優しく照らしている。その光の下では、どんな者も平等だ。
大みそかから飲み続けて潰れた男くさい学生寮にも、太陽の恵みは降り注ぐのである。
「みんな、注目〜。初日の出だぞ〜」
 騒ぎすぎて、しゃがれた声で寮長が太陽を指差したが、食堂に寝転んでいる連中は皆、顔を隠した。
「寮長、朝日はきついッスよ」
「カーテンしてください……」
「日差しきついって」
 一年の計は元旦にあり、という言葉があるが、ここの寮生たちの知識にはないらしい。
 かく言う僕、神田皐月(寮の中では五月というあだ名で呼ばれている)もそんな知識を頭から追い出したいくらい潰れていた。
「だから、ちゃんぽんはヤベェって言ったのに」
「なんだよ〜、五月だってノリノリでワインとビールを交互に飲んでたくせに」
 死にそうな声で文句を言ったのは、よくモテるがよく振られる、寮のお祭り男・正月である。
まさに今日こそ、あだ名にふさわしい活躍を見せてもらいたいものだが彼も完全に二日酔いで行動不能状態だ。
「一年の初めからそんなんやと先が思いやれるわ。僕みたいに適量ってものを心がけなあかんで」
 ドケチで有名な霜月は己の健康に対しても節約しているらしく、一人だけ涼しい顔をして僕らを見下ろしている。大変に腹正しい。近くに転がっている一升瓶から酒をかけてやりたい。
「おおい、神無月。大丈夫か?もう一回便所に行くか?」
「ああう、だいじょおおぶ、うえええ」
 筋骨隆々とした男が心配そうに、真っ青な顔をした男を介抱してやっている。
逞しい体つきで心優しい男の名前は清野弥生。見かけに似合わない可愛い名前をしているので、三月というあだ名で呼ばれている。
僕とは、何故か寮の中でコンビという扱いになっている。おそらく僕らのあだ名を面白がってのことなのだろう。
三月は農家の子供で昔から酒をちびちび飲んでいたらしく、やたらと酒に強い。
 青い顔をしているのは、神に見放されたようにツイていない神無月である。酒に強くないくせに、はしゃいで飲みすぎ、三月に介抱されている。
「ようし、お前たち!出動だぞ!」
 寮長がテーブルの上に、ひらりと飛び乗った。床に寝転がっている面々に緊張が走る。
「寮の前庭の雪かきは、我々寮生の担当だ!新年恒例雪かき大会を開催する!」
 全員が知らないふりをして狸寝入りをしようとした瞬間、食堂のドアが開いた。
そこには、雪かき用スコップを肩に担いだ主先輩の姿があった。
 主先輩は嘘がつけない真面目な性格で、寮生たちから慕われると同時に恐れられている。何故なら彼に嘘は通用しないからだ。
加えて、無表情で190センチを超える巨体の主先輩に逆らう奴はいない。
 かくして寮に残っていた寮生全員が、囚人のごとく主先輩の後ろに続いて庭に出た。
そこは一面の銀世界で、さっきまで薄暗い部屋でダラダラと寝転んでいた僕たちの目を容赦なく突き刺す。
「目がいてぇ!」
「さみぃい!」
 あちこちから寮生の悲鳴がするが、元気を回復したように寮長は庭を走り回っている。
「お前たち、雪の中に俺からのお年玉を隠したぞ!早い者勝ちだ、どんどん掘れぃ!」
 寮長の一言で、全員の目の色が変わった。
真っ先に飛び出したのは、ドケチの霜月だった。
「タダの労働はせえへんけど、金が絡むなら別や!」
「よっしゃあ!庭を全部掘り返してやるぜ!」
 突然始まった面白いイベントに、お祭り男の血が騒いだのか正月も駆け出していく。
僕も負けじとスコップを振り上げた。
三月はにっこりとした顔をしているが、東北育ちの雪かきの腕は侮れなず、最初にお年玉を発見したのは彼だった。
「あ、あった!おぉ、これは」
「何だよ、何が入ってたんだ?」
 僕が興奮して近づくと、三月はにこりと笑って紙切れを差し出した。
紙切れには『便所掃除一回免除』と書かれている。
「なんや、金やないんかあ」
「まあ、常識的に雪の中に紙幣を隠さないよな」
 現金でないと知った瞬間、寮生たちのテンションは下がったが、次に寮長が放った一言でガラリと態度を変えた。
「ちなみに一枚もお年玉を発見出来なかった奴は、新年から便所掃除だから」
 傍らで黙々と雪かきをしている主先輩が怖かったのもあるが、寮の中で一番くさい場所とされている便所掃除を新年からやりたくない寮生たちは俄然やる気を出した。
「ここら辺一帯の雪はもらったああ!」
「土まで掘り起こしてやるよ!」
「お年玉ぁああ!」
 奇声、悲鳴、怒声が飛び交う雪かき大会へと変貌を遂げたお年玉イベントの様子に、寮長は満足そうに頷いている。
 僕も新年からの便所掃除はごめんだったので、急いで雪かきを開始する。運のない神無月は雪に埋もれているところを、主先輩に救助されている。
新年からツイてない奴である。
 日が暮れる頃、大会は終了した。前庭の雪は跡かたもなく消えていた。
「うむ!こんなに綺麗になるとはなあ。気持ちいいな!さあ、食堂に戻るぞ。今日はおばちゃんがお餅を焼いてくれているからな」
 雪かきですっかり身体が冷えた寮生たちは、子どものように駆け出していく。僕も駆け出して行こうとしたが、三月が寮長に近づいていくのが見えてやめた。
「あの、全員がお年玉を見つけた気がするんですが……」
「なんだ、気付いたのか。三月は油断ならんなあ。いいんだよ、新年の便所掃除は寮長の務めだ!」
「手伝いますよ。俺、雪かき大会楽しかったですから。だから寮長だけ損するのってつまらないじゃないですか。みんな楽しくないとだめですよ」
 三月は、相変わらずのほほんとした柔らかい口調で話す。その場にいた僕と寮長、主先輩は意外な発言にしばし言葉を失った。
「お前は時々、どきっとするような事を言うよな」
 寮長は頭をかきながら、照れたように上を向く。
「俺もやるぞ。松鷹はいつも一人で頑張りすぎだ。もっと周りを頼っていい」
 主先輩が笑って、寮長の肩を叩く。松鷹というのは寮長の名前だ。
「おせっかいだよなあ、お前ってさ」
 僕は苦笑して、三月の逞しい太ももに蹴りを入れてやった。
「痛いよ、五月」
「お前がやるってなら、僕もやらなくちゃな。どうやら僕たちコンビらしいし。まったく迷惑な相方だぜ」
 三月の思いやりに胸を打たれたなんて絶対に言いたくなかったから、僕はわざと憎まれ口を叩く。
「ありがとう、五月」
 嬉しそうに笑う三月と、感動しているのか涙ぐんでいる寮長と、珍しくにこやかに笑っている主先輩が僕を見ている。
恥ずかしくなって、僕は急いで食堂に駆け込んだ。
 そこには既にお祭り状態になって餅を食べている寮生たちの姿があった。
寮長は、はしゃいだ声を上げて輪の中に突入していく。この人はきっと楽しく騒いでいる寮そのものが好きなのだ。
 一年の計は元旦にあり。
もしそうなら、今年の始まりはそんなに悪くない。
おせっかいな相方におちょこを掲げて、僕らは乾杯をした。

 あけましておめでとう。今年もよろしく。


<了>

2011年1月1日


URI 改め 藤森 凛


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