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稼ぐ守銭奴、告白す。
 寮の玄関口に掲示板が設置されている。清掃強化習慣だとか、落し物一覧表だとか、お知らせの張り紙があるのだが、其の中に一枚変わったお知らせの紙がある。
『霜月借金表』というもので、霜月から借金している者はそこに名前を晒される。期限を過ぎて金を返さないと、さらし者にされてしまうのだ。
 しかし、金を返していないと周囲から思われるのが苦痛な奴は、最初から借金などしない。名前を書かれて、尚、飄々とした態度で過ごしていると、取立ての日がくる。
取立てとは霜月が借金をしている奴の部屋へ赴き、金銭の代わりに現物を回収していくことである。仕送りの米、野菜、もしくは雑誌など、価値のあるものを霜月が選び、持っていってしまう。
返して欲しくても、元々借金をする方が悪いので霜月に返せとは言えず、泣く泣く徴収されていくしかない。
その金にうるさい行動から、しみったれの『し』を捩り、彼は霜月というあだ名をつけられたのである。
 今日も寮の何処かで、百姓のように声を上げて慈悲を乞う声がする。
「霜月は容赦ないからな」
 僕がムスリとして呟くと、三月と正月が顔を見合わせて笑う。
「五月も霜月にやられたもんなあ。何を徴収されたんだっけ?」
 正月のニヤニヤした顔がムカついたので、僕は無視したが代わりに三月が答えてしまった。
「みかんだよ。実家からの仕送りで届いたみかんを、届いたその日のうちに半分持ってかれたんだ」
 冷酷な表情で眼鏡をクイッと直して「これはもらっていくで」と捨て台詞を放ち、「ケケケケッ」と悪魔的に笑って部屋を出て行く霜月の姿を僕は未だに覚えている。あの嫌みったらしい態度はトラウマものだ。健全な青年がする行動ではない。
「あいつ、何であんなケチなんだろ」
「五月、世の中には通帳の数字が増えていくことが人生の楽しみっていう奴もいるんだぜ。この前の彼女がそうだった」
「正月は、本当に交際範囲広いねえ」
 しみじみ感心している三月と、何故か鼻高々になっている正月を呆れて見ていると、廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
三人揃って部屋から出てみると寮長がダンボールを持って、寮生たちに囲まれていた。ダンボールは寮長の腕一抱え分ぐらいの大きさがある。
「寮長、その箱どうしたんですか?」
「それがな、五月。寮の玄関口にポツンと置いてあったんだ。誰かの荷物かと思って聞いて回っているんだが、なかなか持ち主が現れなくて」
 興味津々といった様子で寮生たちが箱を囲んでいる。いつの間にか正月も、その輪の中に居た。
「何が入ってるんスかね」
 何事にも好奇心旺盛な正月は、今にも箱を開けてしまいそうな気配だ。皆が箱を囲んでざわざわと憶測を話し合っている場所へ、神無月が走ってきた。
「ゴキブリだよ、ゴキブリ!半年ぶりにゴキブリが!」
 そんなもん毎日出てるわい、という寮生の雰囲気に気づかないまま走っていた神無月は、箱に突っ込んで沈黙した。
相変わらず、神に見放された男である。
「バルサンでも炊けよ、神無月」
 僕は神無月にそう言い放つと、倒れた箱を戻そうとした。すると、神無月がぶつかった衝撃でふたが開いてしまったらしく、中身が転がり出た。
 その場に居た全員が動きを止めた。ある者は恐怖のあまり口を覆い、ある者は目を見開き、ある者は後ずさりした。
「こ、こんなものが何故うちの寮に……」
 驚きと恐怖のあまり、寮長の声が上擦っている。
 平然としているのは三月だけである。
「あの、これってそんなに恐ろしいものなんですか?」
 不思議な顔で三月が持ち上げたのは、ファンシーな衣装を身に纏ったうさぎのぬいぐるみだった。
三月は妹がいるから、かわいい動物のぬいぐるみを見慣れているのだろうが、男むさい寮で生きている僕らからすれば、完全に異物である。
「あのな、三月。恐いのはうさぎのぬいぐるみじゃないんだよ。こんなむさい寮の中で、そのうさぎを所有している奴がいるっていうのが恐いんだよ」
 僕の言葉に三月は、やっと事態を理解したらしく、うさぎのぬいぐるみをじっと見つめた。ピンクのリボンが大変に可愛らしいうさぎを、髭伸び放題の男が抱っこして眠る姿なんてホラーではないか。
全員が秋だというのに、季節はずれの怪談を聞かされて黙り込んだ。
「と、とりあえず、玄関の掲示板のところに置いておこう。お、俺はどんな趣味を持っていようと寮生たちを大切に思っているからな」
 後半は涙声になりがら、ウサギを抱えて寮長が走っていってしまった。寮長がうさぎを持っているのは大変似合わなかった。むしろ、うさぎに同情してしまう。
結局、持ち主が現れることもなく、珍しく寮全体が早くに寝静まったのは恐怖を忘れる為に違いなかった。
 僕は布団の中で寝返りを打った。ぬいぐるみのことが気になったわけではなく、仕送り日までのやりくりを計算していたのである。
 静まり返った廊下に微かな足音が聞こえて、僕は体を起こした。
もしかして、誰かがぬいぐるみを取りに行くのかもしれない。好奇心を刺激されて僕はそっと部屋を出た。
別に誰が持ち主であろうと馬鹿にするつもりはないが、興味はある。
 やはり、足音は玄関口で止まった。うさぎを抱え上げた男は、しみったれで通っている霜月だった。
「し、霜月?」
 普段、鬼のように節約しているのは、この可愛いぬいぐるみを買うためなのか?
僕は驚いて、思わず物陰から姿を現してしまった。足がもつれたのである。
 霜月は僕の出現に少し驚いたようだが、すぐにいつものニヒルな顔に戻った。
「どうしたんや、五月。これが欲しいんか?」
「アホか!欲しいのはお前だろ!そのうさぎ、お前のなんだろ!」
 うぅんと霜月は唸って、うさぎと僕を見比べた。
「正確には僕の妹の物や」
「妹?誕生日プレゼントか?」
「ん、そうやなくて毎月、何かしら贈ってんねん」
 訳が分からなくて、僕は首を傾げた。
「毎月?金かかるじゃないか」
「まあな。黙っていて欲しいから理由を話すわ。ただ、このぬいぐるみを持っているところを他の誰かに見られて誤解されたないから、僕の部屋に行こうや」
 霜月の提案に頷いて、僕は彼の部屋に入った。生理整頓されて、いかにも几帳面な霜月の部屋らしかった。
 うさぎを箱にしまい直して、霜月は座った。僕も適当に腰を下ろした。
「うちは、両親が共働きであんまり家におらんのや。妹は僕にべったりやったんやけど、実家からこの大学が遠くて寮暮らしになって。僕がいなくなって、あいつ寂しい思いをしているやろうから、何かしてやりたくて。だから毎月プレゼントを贈ることにしたんや」
 いつも皮肉屋な霜月が照れくさそうに、告白した。
金に細かいのは、毎月のプレゼント代をきちんと確保したかったからなのか。
取立てに来た時の悪魔的な態度が嘘のように、優しい顔で霜月はうさぎが入った箱を見ている。よほど、妹が大切なのだろう。
「お前、いい兄貴なんだな」
「褒めても何も出ぇへんぞ」
 照れくさいのか、霜月はそっぽを向いて眼鏡をかけ直した。
「素直に受け取っておけよ、二度は言わないからさ。このこと秘密なんだし」
 僕の言葉に霜月は眼を丸くしてから、笑った。
「五月、お前いい奴やな」
「アホ、霜月のくせに人を褒めるなよ。褒めた代金を払え、とか言われそうだ」
 顔を見合わせて笑った後、霜月はポンと膝を叩いた。
「あ、神無月から箱の修理代もらわへんとな」
 そう言った霜月の顔は、いつも通りの守銭奴の顔になっていた。


 今日も寮の何処からか、お慈悲を!という声がする。その声が神無月の声だったような気がしたが、僕はニヤリと笑って読書を続けた。



<了>


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