新↑ 

神様のきまぐれ・A
 如月 椿という、えらく可愛くない女がいる。
腕っ節が強くて、口がきつく、男というものを見下しているとしかいいようのない性格をしている。
別にそれだけなら、僕だって知らないふりを出来るのだが。
問題はそんな女が隣の家に住んでいて、幼稚園からずっと同じクラスだということだ。
 五月は実家からの手紙に、彼女の実家の話が書かれているのを見て、彼女との思い出を回想した。
 幼稚園のときは他愛ないケンカでいつも叩きのめされ、小学生のときは寝坊癖が治らない自分を拳でたたき起し、中学生のときはベッドの下に隠したエロ本を母親と一緒に見つけ出し、高校生のときは空手部に入部した彼女の突きの練習台にされた。
(本気でいい思い出がねえなあ)
 いつも眉毛を吊りあげて、口をへの字にしている如月 椿は、地元の大学で調理専門学校に通学しながら、相変わらず空手を続けているらしい。


 五月が暮している大学寮に神から見放されていると評判の男がいる。あだ名は神無月。文学を愛する文学青年で、自身も小説を書いて五月に見せては感想を聞いている。
 運がないのは大学でも有名で、くじを引けば必ず外れを引く、テスト範囲を必ず一教科は間違える、じゃんけんをすれば必ず負ける。道を普通に歩いているだけでどぶに落ちる、犬に追いかけられる、道を間違える。とにかくついてない。
 運に見放された男、神無月。今年も不運ぶりが絶好調な彼に、とんでもない事件が迫りつつあった。
 図書館でノートを広げて小説を書いていた神無月はそろそろ閉館時間だと気がつき、慌てて荷物をまとめて外に出た。
以前、時間に気がつかずにいたら、司書さんに声をかけられたことがある。神無月は自分が書いた小説を、名前も知らない他人に見られて大変恥ずかしい思いをした。
とりたて何かを言われたわけでもないのに、ただ見られただけで照れくさくて仕方なかった。反省を生かして神無月は早目に図書館から出るようになったのである。
 小説の続きをぼんやりと考えながら歩いていると、背後からひっくり返った声が呼びとめてきた。
「あ、あの!」
「え?」
 振り返ると、ポニーテールの少女が立っている。手には自分のペンケースが握られていた。
「忘れ、忘れ物です、よ」
「わあ、ありがとうございます!助かりました」
 そそっかしい点も運がない内に換算されている神無月は、満面の笑みで礼を言って受け取ろうとしたが、何故か少女はペンケースを握り締めている。
「あの、どうしました?」
 少女は大きく息を吸うと、ペンケースと一緒に可愛らしい包装紙の箱を神無月に渡した。
「え?」
「う、受け、受け取ってくださいっ」
 叫ぶように言い放つとポニーテールの少女はあっという間に走り去ってしまった。
「うわ、足すごく速いなあ」
 呑気に呟いてから、神無月は箱を見つめた。
「何だろう?」
 これが大事件の始まりとも知らずに、神無月はのんびりと歩きだした。


「何とおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 寮一のお祭り男・正月の絶叫が、夜の寮に響いた。
「正月、うるせぇよ!」「正月、吊るすぞ!」「正月、蹴るぞ!」
 文句を言いながら、寮生たちがぞろぞろと集結し、三月と五月も中に混じっていた。
「だってさあ、神無月がバレンタインデーチョコをもらったんだぜ!」
「……ああ、最近海外で売ってるもんな。ゴキブリチョコ」
 五月は現実的な答えを返した。神無月がチョコを貰うとはそういう意味である。
「違うって!本当に本物のチョコなんだって!なあ、神無月」
 神無月の手にはハート型のチョコが入っている箱が握られていた。机の上にはピンクの包装紙とリボン。
「ハート割ってもいいか」
「五月、落ち着け!嫉妬は見苦しいぞ」
 正月になだめられて、五月と一緒に他の寮生たちもチョコを割りたい衝動を何とか抑え込む。
「良かったなあ、神無月。誰から貰ったんだ?」
 地元に彼女がいる余裕の男・三月(本人は勝ち組の自覚なし)が、可愛らしいハートチョコを眺めながら聞くと、神無月は眉を寄せた。
「それが渡すときに名前を言わなかったし、こっちもチョコだと思わなかったから名前を聞かなかったし、中にカードも手紙もないから、どこの誰かも分からないんだ」
 運がない。
寮生たちの顔に、神無月の不運ぶりを見てしまったときの表情が浮かぶ。
「せっかく貰ったチョコなのになあ」
 三月が気の毒そうに首をふる。
「僕はどうしたらいいんだろう」
「食べたらええやん。食べ物を粗末にしたら勿体ないで」
 空気を読まない発言をしたのはドケチで有名な霜月である。
「どこの誰か分からへんでもチョコはチョコや」
「そうだけどさあ。何かこう、ロマンがないっていうか」
「あほ、男のくせに女々しいこと言うなや。食べてもうたら問題解決や」
 あっさり言い放って霜月は部屋を出て行き、寮生たちも神無月に励ましの声をかけながらゾロゾロと退出していった。
 チョコレートを見つめながら、神無月は大きなため息をつく。
「もしかしたら、からかわれただけかもしれないけど僕にはあの子がすごく頑張って渡してくれたように感じたんだよね」
 誰に言うわけでもない呟きは、寮の中の世話焼きコンビ(五月は否定するが)の耳に届いた。
「仕方ねえなあ。神無月、チョコを貰った状況を話せ。何か手掛かりがあるかもしれないだろ」
「五月!ありがとう」
 正月と三月の笑顔と、今にも抱きつかんばかりに瞳を潤ませて喜んでいる神無月に見つめられ、五月は照れくささのあまりそっぽを向きながら神無月に叫んだ。
「いいから話せ!」
 長い話ではなかったので、聞き終わるのに五分とかからなかった。問題はその短さであり、つまり渡してくれた少女についてのヒントはポニーテールということぐらいしか分からなかった。
「制服を着てなかったってことは大学生かな」
「待てよ、三月。神無月がチョコを貰った日は休日だぜ。もし、学生だとしても制服を着ていないぜ」
「制服を着てたら、友だちに聞けたんだけどなあ」
 色んな方面に知り合いがいる正月は悔しがって頭をかいた。
正月の知り合いは大抵、元彼女であり、全て正月をフったというエピソードを持つ女性ばかりである。愛情が友情になるらしく、友だちとしての付き合いは長い。
「なんや、まだやってたんか」
 ノックもせずにドアを開けて、霜月が呆れた顔をした。
「はよ風呂に入らんと閉められるでって長月先輩から伝言や」
 寮の入浴時間は決まっており、無精者が多いこの寮では風呂に入り損ねる輩が多い。あまりにも不潔な奴らが増えると臭いので、寮長の右腕と呼ばれる長月が一部屋一部屋巡回して連行するときもある。
ちなみに長月は、説教が長いから『長月』と呼ばれている。
「風呂に入っている場合じゃないよ、僕は今、悩んでいるんだから」
 神無月の話をかいつまんで三月が伝えると、霜月は、ははあと謎のため息をもらした。
「なんや、簡単やん。名前をこっちから聞けばええやんか」
「でも、どこに行けば会えるのか分からないし、顔もぼんやりとしか覚えてないし」
「神無月、小説家志望の割に鈍い奴やな。何で彼女がお前にチョコをあげよう思うほどの気持ちになったか考えてみぃ。つまりそれだけお前を見てたっちゅうことやろ」
「あ!そうか!」
 比較的、頭の回転が早い五月が、霜月の言わんとするところを一早く理解した。
「霜月、冴えてるじゃん。もしかして風呂に入っている間中、考えてたのか?」
「あほ、そないに暇やないわ」
 慌てて部屋を出て行った霜月の耳が赤かったのを見れば、どうやら図星らしい。
「どういうことだい?」
 筋肉隆々の三月が首を傾げてみせても可愛くはない。
「彼女から名前を聞く方法を思いついたぜ」
 五月はにっこり笑った。


 翌日、神無月は笑顔で帰って来た。
五月の言った通り、図書館で出会えたらしい。神無月の笑顔を見て、寮生たちは彼の幸せを一通り祝ったあと、手ひどい扱いをして腹いせをした。
「で、彼女の名前は?」
 すっかり宴会場と化した神無月の部屋で、三月は直球な質問をする。
「十谷 秋乃(とうや あきの)さんっていうんだ」
 照れたを通り越して、デレデレの表情になった神無月が嬉しそうに答える。
「なんか運命的な名前だな」
 五月と正月、霜月は偶然の一致に顔を見合わせる。
 神無月、つまりは十月。十月は秋である。
「十谷 秋乃だなんて、もう神無月の彼女になるべく名付けられたような字面だよなあ」
 正月がふむふむ、と深く頷く。
「まあ、僕の発想が良かったんやから神無月には昼飯ぐらいは、奢ってもらわへんとんな」
「霜月、お前には祝うという発想がないのかよ」
 五月のツッコミなどどこ吹く風で、霜月はすでに何を奢らせようか考えているらしく、食堂のメニューを諳んじている。
 宴会の真ん中で幸せいっぱいに微笑んでいる神無月を見て、五月は思わず笑った。
 彼女が出来て浮かれているのに、明日は霜月にご飯を奢る運命にある。その不運ぶりこそ、神無月らしい。
 運に見放された男、神無月。どうやら恋愛の神様には、まだ見放されていないようだ。



                               〈了〉


prev next

top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -