第四話

「未来……未来ぅっ!!」


今しがた泣き始めたのか、それとも来る前からもう既に泣いてくれていたのか定かじゃないけど……雪の瞳からは涙が止まらなかった。
歪む視界の中、零れ落ちる涙一粒一粒がまるで宝石のように光り輝いていて、今の僕には残酷なほど美しかった。


「泣かないで……雪。どうせ泣いたって……もう、戻らないし……」
「諦めんじゃねぇよ! まだ……まだ諦めんな!!」


いつも通りの隼人の諦めの悪さに、痛みすら忘れて笑いそうになった。
優しすぎるんだ……皆は。
そんな風に泣かれるたび、心が穏やかになっていくのが自分でもよく分かった。


「ううん……分かるでしょ。この状態でどう希望を持てっていうの?」
「未来……幻覚じゃ、役に……立てない……」


三叉槍を抱きしめるように握りしめているクロームは、今にも倒れそうなほど脆く見えた。
とめどなく溢れる涙に、また泣かせちゃったなぁと苦笑する。

やっぱりいい物だね……って言っちゃ悪いかもしれないけど。
誰かが自分のために泣いてくれる。自分の死を悲しんでくれる。
それが果てしなく嬉しくて、温かくて、……どうしようもなく、笑みが浮かんでしまった。

そういえば、あの時綱吉も、笑っていた気がする。


「クロームは……僕の役にすごく立ったよ……? 僕だけじゃなくて……ファミリーの、みんなの……。 やっぱり、クロー、ムも……僕らの立派、な仲間……だったね、」


言い終わるが早いか、クロームは膝から崩れ落ちる。
口元に手をあて、必死に嗚咽を堪えていた。

呼吸がどんどん浅くなるのを感じる。
痛みがするたび、頭の中が真っ白になっていた。
苦しい、痛い……でも、怖くない。


「それで皆……聞いてくれる……かな?」


皆の視線を感じる。
それが僕のことを仲間だと信頼している証だと知っている分だけ、僕は嬉しかった。


「皆承知なよう……に、僕はもう駄目だよ……。まず一つ……泣か、ないで……僕がいなくなっても……」
「っ……駄目とか……言わないでっ……! 未来は、まだまだわ、たしと、一緒にッ……」
「ううん……雪。現実から……目ぇ、逸らさないで……。僕がもう駄目なの……は、目に見えてる事……でしょう?」
「未来……!」
「ボンゴレ……頼んだよ。僕がいなくなって……も」
「ったりめぇだろ……」


ぼんやりした視界の中、隼人が泣いているように見えた。隼人の泣き顔なんて何年ぶりだろう、なんていう思考。
手を伸ばせば届く距離に、ずっと隼人はいてくれた。隼人だけじゃなくて、ファミリーの、みんなが。


「りょ……へぇ……」
「極限になんだぁ!!」


こんな時でもいつも通りのトーンに、僕は我慢できず笑ってしまった。
笑った拍子に傷が痛み、思わず悲鳴をあげてしまったけど。


「……ずっと、変わらないでいてね……。彼女、幸せにして……京子、大事に、してね……」
「あぁ……極限、誓ってみせる」


きつく拳を握った了平。
この10年間、彼はかなり変わった。
私達のファミリーのことを明るく照らしてくれる、太陽になってくれた。

時にはそれがウザく感じることも、頼もしく感じることもあった。
だけど僕たちが陰った時、一番にそれを察知し僕たちを照らしてくれたのが、了平だった。

視線だけを動かし、僕はランボを見据える
服の裾をぎゅぅっと握りしめたランボは、まるで子供のようだ。


「ランボ……」
「はい……未来、さん」
「……10年前に戻ってきなさい」
「何でですか!? 今感動系なのにここでギャグ!?」
「っふふ、ぅあ、いった、……冗談だよ……ランボ……僕がいなくなっても、元気でね……」
「はい……」
「もう泣かないっ……って、約束、出来る……?」
「十分ッ……大人になりましたからッ……、おかげ、さまで……!」


早速約束破ってるじゃん、と小さく零す。
まだまだ子供だったランボをマフィアに巻き込むことは、誰もが反対していたことだった。
だけどずっと一生懸命だったランボを、拒むことは誰にもできなかった。

ずっと追いつこうと。
10歳も年が違う僕らに追いつこうと、誰よりも頑張っていたのが、ランボだ。
まだ泣き虫なところや怖がりなところは直ってないけど、一途なところに誰もが、安心していた。

そのまま、今度は視線がクロームと絡まる。


「クローム……強くなったね」


僕がそう微笑むと、クロームは弱弱しく首を横に振る。
膝を床についたままの彼女は、いまだにその大きく零れそうな瞳から涙を流し続けていた。

「まだ……未来に教わること……たくさんある……だから、……だからっ」
「もう十分強いよ……よく頑張ったね。いきなり……今日まで、いろいろ……怖くて、つらかったと、思う……。もう僕が教える事は何もな……よ。……おめでとう……これからも強く……強く生きて……骸を……あのバカを、よろしくね?」


クロームは今度は弱弱しく……だけど、はっきりと首を縦に振った。
ぎゅっと大事に握りしめた三叉槍。

もともと普通の子だった。
親に必要とされていなかったこと以外は、ただの女の子だった。
それが、骸に呼ばれ必要とされ、まるでドミノ倒しのように今日まで至った。

ただ骸の役に立ちたい。
空回りの連続に何度も打ちひしがれていたけど、一度も諦めることはなかった。
そんな彼女に、どれだけの人が勇気づけられただろう。
臆病で、怖がりで、でも一途なただ一人の女の子に……。


「骸……今、聞こえるかなぁ……?」


僕がそういうとクロームはハッとして、胸に手を当て目を閉じた。
骸を呼んでいるのだろう。
たまにしか出来ない、しかもかなり力を消耗することをクロームに強要するなんて、僕も酷いやつ。


「骸君……」


僕が懐かしい呼び名を口にすると、クロームが霧に包まれた。
クロームの影はやがて姿を変え、霧は少しずつ晴れていった。……来てくれたんだ。


「懐かしいですね……その呼び名は」
「骸……君。君と出会ったのは……」
「……あの地獄でですよ」
「……うん、あの時、ね……骸く……が助けてくれて……居場所を与えてくれて……嬉しかっ、よ……。あの時……僕は何もしなかったから……僕、だけ、牢獄に入ることはなかったけど……ずっと後悔、してた……。あの時、意地でも僕も殺して、やれば、よかった……あいつら、」
「……だから言ったんですよ」


僕には骸の言ってる事の意味が理解できず、首を傾げた。
悲しそうな骸の顔を見て、眉根を寄せる。


「マフィアなどろくな事がないと……なのに君は……」
「そ……だ、ね……あははっ……本当にろくな事……なかったや。これから、死ぬ……んだし、」


突きつけられた現実に、みんなが顔を顰める。
だけど僕はそんなことを気にしてはいなかった。

ろくなこと……ろくなこと、かぁ。


「だけど……だけどね……どうしてだろうなぁ……。僕には、この道しか光がさしてないような気がしたんだ……」


骸が目を見開いた。


「どっちがいいかじゃない……どっちの方が長生きできるか、だった……」


どっちの地獄を選ぶか……少しでも生存確率の高い方を選ぶか。
どっちにしろ、僕はマフィアに関係ない"世界"では生きていなかったんだ……犯罪から完全に足を洗うことはできなかったなんて……呪われた、運命だ。


「……違うよね、骸君……」


僕がそう尋ねると、骸の肩がピクと反応した。


「……してない、よね……骸君は、後悔……なんか? 僕も、……してない。死に際の、今だからこそ、分かる……。ここにいれてよかった、って……心底、想ってる。骸君は、……違う? ここにいて、楽しく、なかった? 仲間がいて、家族がいて……幸せ、だった、……よね?」


骸の瞳から、涙が零れ落ちた。
辛い道を歩んだものの涙ほど綺麗なものはないという言葉、今になってようやく理解できた。

骸は、きっとここにいれて幸せだった。
牢獄にいたとしても幸せそうなクロームを見て、安心していたはずだ。


「……ちゃんとクロームのこと、守ってあげてね……」
「……貴方に言われなくとも……」


そして、今度は恭弥の番だ。


「……きょぉ、やぁ……」
「…………何」
「……負けたら……許さないから」
「当たり前でしょ」


僕の言葉は短い……けれど、全てを言わなくても、恭弥は全てを分かってくれる。
一匹狼の彼だけれど……本当は誰より、僕らのうちの誰より、強くて孤独だった。
だからこそファミリーのみんなを守れることを、彼以上に誇りに思う人などいないのだろう。

僕は微笑んだ。
……あと、3人……いや、4人……かな?


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