第三話

僕の持っていた剣が消えても、僕は戦い続けた。逃げたくない。負けたくない。
最期まで抗ってやる。

皆が倒す必要がある数を少しでも減らせるように……皆の負担が少しでも消えるように。
武器を作る時間はなかったから、素手で戦う。痛いけど。辛いけど。でもそれしかない。
爪とか剥がれちゃって、血とか出まくっちゃって、足もズボンがボロボロで血まみれで。女の子の武器であるはずの顔もきっとボコボコで、銃弾も手足に何発か受けちゃって。

それでも、どれだけ辛くても、
逃げることだけはしたくなかった。

止まることなんて絶対ない。痛くても、辛くても……何があっても止まらない。
綱吉との約束だもんね。『ファミリーのためなら、何があっても止まるな』って……
だから綱吉は、僕らを置いて自分を犠牲にしたのかな? 立ち止まらずに。永遠に。僕らの手の届かないところに行っちゃって?
……今はもう、よくわからないけど。

ふと視界の端に何か映った気がした。
もう一度視線をそちらのほうに向けて、僕は大きく目を見開いた。
気がついたときにはもう手遅れ。

僕が白蘭の銃に気づいた時、白蘭の銃から弾はすでに放たれていた。
銃独特のあの音が、僕の頭の中でエコーのように響く。
すべてがスローモーションのように流れた。体が重い。脳は動いているのに、体が思うように動いてくれない。あぁ、ダメだ、避けられない。

腹部に激痛が走る。
焼けるような痛みに耐えられず、僕の体は無惨に倒れた。
あまりの痛みに僕は蹲り傷口を手で抑えるが、そこから絶え間なく生暖かい血が指を伝って流れるのを感じた。


「今の君ごときに、僕の力を使うまでもないと思ってね。心臓じゃないけど……まぁ急所は撃った。放っといても勝手に死んでくれるよね?」


ねー? と憎たらしい笑顔でとんでもないことを言ってのけるな、こいつ。
靴音鳴らし、踵を返して歩き出す。床に頬をくっ付けながら見上げた白蘭の後姿は、今まで見たどの風景よりも無惨で、憎らしくて、残忍で、憤激的で、恥辱的で、自分が何よりも哀れに思えた。

びゃく……らん……
痛みで揺らぐ思考の中、ただ怒りと焦りと……言いようのない感情が渦巻いていた。
畜生……動けない……
僕が倒した敵の銃は、僕の手のすぐ先に転がっているのに。
指一本動かせないなんて、こんな屈辱的なことはなかった。

その時、綱吉の言葉が頭に響いた。
『もし殺されそうな時は、力を振り絞ってでも殺り返せ』
ほんの他愛ない話だったのに、今更になって思い浮かぶ。うるせーこの僕がやられるか、だなんてその時は笑って返したんだっけか。
なんでこんなバカな話ほど、こういう窮地で頭に浮かんでくるのだろうな。
自虐的な笑みが、僕の顔に広がった。

そう……そうだよね、綱吉……。
震える手を叱咤し、銃のほうへと手を伸ばす。ミルフィオーレたちは怪我人処理や白蘭の後を追うのに必死で僕のことに気付かない。
手が痺れて、感覚も薄れる。
だけどようやく、弱くも銃を握ることができた。

照準を白蘭に定め、引き金に指を置いた。
だけど痛みと朦朧さが邪魔をして、照準が定まらない。
揺れる意識の中、残っている力を振り絞るように、手に意識を集中させた。ようやく手に感覚が、慣れた鉄の感触が、戻ってきたとき。
僕は、その引き金をひいた。

――銃声音。

白蘭は僕のとった行動に驚いたようで、とっさに動けなかった。もちろん、周りの部下達もだ。
だが、流石マフィアのボスと言ったところか、弾は白蘭の左肩にしか当たらなかった。当たる寸前に体を逸らし、避けられたのだ。


「っ……!」
「白蘭様!! 大丈夫ですか!? ……くそっ、こいつ」
「……ってて……いいよ」
「……白蘭様!?」


白蘭の仇をとろうと近寄って来た部下達を、白蘭は止めた。
その代わり白蘭自身が僕に向かって歩き始め、いまだに床にひれ伏している僕に合わせるように、屈んで僕を見つめた。ぽたり、と肩を抑えている白蘭の手から血が伝って、床に落ちる。
最後の力を振り絞ってでも、彼のこの口元の笑みを……崩すことはできなかった。


「さすがだね、未来チャン。まぁ……もう撃つ気力さえなさそうだけど、見直したよ。また会えるといいな? 今度はパラレルワールドで。……それじゃあ、バイバイ」
「ッあぁあ!」


白蘭の振り下ろした足は思いっきり僕の手を踏みつける。
腹部の痛みと同時に手の痛みまで襲ってきて、耐え切れず悲鳴を零した。

その悲鳴を聞いて満足そうに白蘭は再び踵を返し、やがて彼の姿は見えなくなった。
恐らくこの建物はもう必要ないのだろう、ミルフィオーレの部下達も死体の回収もそこそこに、扉の外へと消えていった

後に残ったのは、もう動く気力さえない僕の体と、無数に転がる死体だけ。
こいつらと一緒に死ぬんだったら寂しくないだろうな、なんて冗談も言ってられない。
傷が痛い。血が流れ続けてる。……止まらない。
血はそのまま床のカーペットを濡らした。もともと赤いカーペット。今は血のせいで、どす黒く染まり始めていた。

不安定な体もそのままに、僕は仰向けに転がった。
そろそろ痛みも感じなくなってきた気がする。相変わらず呼吸は辛く、呼吸音も耳障りだけど。

最後に……皆に、会いたかったな……。
こんな弱気な自分、情けなくて泣けてきそうだ。

その時、外の方からすごい物音がした。
おそらく、複数の人が走って来る音。。
白蘭の部下か? 忘れ物でもしたのだろうか、と馬鹿な考えが頭に浮かぶ。
首だけ傾けて、目を見開いた。……それは、僕の最も欲しかったものだった。


「未来!!」
「み……んな……」


……どうして? ここに……
しかも……恭弥やランボ、凪たちまで……?


「ッテメェのことだから行先告げねぇだろうなってことはな……分かってたんだよ! だから、GPSつけてたんだよ……お前がどこ居てもわかるようにな……!」
「と、途中、で、ミルフィオーレに足止めされてて……! ようやくこっちに来れたの、なのに……!」


……流石、家族だな。
隼人だけじゃなくて、ファミリーのみんなに僕の考えは筒抜けってことか。それだけ素晴らしい家族だったんだって、よくよく思い知らせてくれるよなぁ……。

小さく苦笑を零して、僕は天井を仰いだ。この天井が透けて、あの綺麗な大空まで見えそうだ。
綱吉は、今この僕の無残な姿が見えているのかな……?


「もう終わりだから……最後にちゃんと、聞いてほしいの」

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