最初に一歩

「……あの、さ……ちょ、悪いんだけど、俺の部屋に行こうか、まずは……」


綱吉が申し訳なさそうに言う。
その視線の先には、少し慌てた様子の奈々がいた。
無理もない、突如息子の友人が泣き崩れたのだ。何があったのか飲み込めずにいるのは当然のことだろう。


「そうだね。雪、立てる?」
「……当たり前」


雪は俯いたまま立ち上がり、綱吉達はそのまま無言で綱吉の部屋へと向かった。
その後ろで奈々はいまだに心配そうな表情を顔に浮かべているが、引き留めようとする様子はない。

部屋に着くが早いか、綱吉は唐突に雪に向き合った。


「どういうこと? その、ヴぁり、あー……に帰りたいって……未来から、君もマフィアってことは聞いたけど……」
「……」


雪はうつむいたまま口を閉ざす。唇をかんでいるのか、頑なにその口を開こうとしない。
話したくない様子を悟ったのか、未来はため息をつき後ろ髪を掻いた。


「僕が代わりに話すよ。雪と僕はヴァリアーというボンゴレの暗殺部隊で出会った、彼女はもともとそこの所属。簡潔に話せば、9代目の命令で彼女は無理やりヴァリアーから連れ出されここに送り出された」
「え、無理やり……!?」
「彼女にとってはヴァリアーは家族だから、少し強く当たっても許してあげなね」


そういう彼女こそ、先ほどまで雪を疑い責めていた張本人なのだけれど。


「……どーすんだ」
「……え?」


急に喋り始めたリボーンに、雪はうつむかせていた顔をあげる。
彼女にはその意図は理解できないが、未来にはできた。忌々しげに舌打ちをしてから、彼女はまた喋り始めた。


「9代目は温厚だとか、歴代ボスきっての穏健派だとか……本当、よく言うよ。あぁいう人ほど、裏では何考えてんだかわかんないんだから」
「え、どういうこと……? 9代目って、優しい人なんじゃ……」
「平和だとか、争わないだとか、そんなんで簡単にマフィアのボスが務まるとでも? しかも、ボンゴレというと並大抵なチカラじゃ手に入らない地位……それを、「平和主義者」が易々と治めるだなんて笑える話。マフィアの平和なんて、何よ……つまり、敵は全て潰せ。そーゆーことでしょ? ……あの人は恐らく、一度決めたら二度と曲げない。それほどの意思の強さで、今あそこに立っているんだ」


そんな未来の笑みと言葉に、綱吉と雪の背筋に寒気が走る。
ごくりと雪は無意識の生唾を飲み、手に汗を握った。彼女は瞬間的に悟ったのだ。
あの人に、9代目に逆らってはいけない、と。


「……それは、俺に9代目に告げ口して欲しいってことか?」
「ごめんなさい、何も聞かなかったことにしてリボーン」


唐突にあわてだす未来に、綱吉は苦笑を浮かべる。少しだけ空気が和み、その場にいる全員がこっそりと息をついた。
正直今だに9代目に対して恐怖を抱いているが、それでも一気に雰囲気が和らいだおかげで雪たちの震えも止まっていた。


「じゃあ、どうするの?」
「……え?」
「その……雪は、ヴァリアーに戻りたいんでしょ? ……どうするのか、策とか練れるかなーって思って……」
「協力して、くれるの……?」


その雪の言葉に、綱吉は頬を掻きながら照れくさそうに笑った。
それはつまり、承諾の意思を表していた。


「勿体無いなぁ……僕らのファミリーに欲しかったよ。ね、リボーン?」


未来がリボーンの方に顔を向け、首を傾げればそれを肯定するかのようにリボーンは帽子を深く被った。


「あぁ、残念だな」
「ごめんね、私もできれば皆と一緒に、未来がここで見つけたものを見つけてみたい。……でもヴァリアーを捨てることはできない。……できないんだ」


胸元を握り締め、俯いてしまった雪を見ながら、未来とリボーンは顔を見合わせた。
彼女の思いを二人は痛いほど理解している。生半可な気持ちや覚悟ではない、彼女の思いは本気だ。


「……かなり難しいね、これは……」
「あぁ……あの9代目の意志を変えるなんざ……」


二人してん〜……と考え込んでしまう。
綱吉も手伝いたいところだが、一番現状を理解出来ていない彼に何かを求めるのはかなり無理があった。
それでもしょうがないからと口を開く。


「とりあえず、9代目を説得するのは難しいってことはよく理解出来たけど………」
「難しいっつかほぼ不可能?」


そう首を傾げる未来をみて、綱吉はそれなら尚更、と頷いて見せる。
そして言葉を続けた。


「一日二日でいいプランが思いつくとは思えない。なら、その間雪はどうするかを考える方が先決じゃないかな」
「ほう」
「ツナのくせにいいこと言うじゃねぇか」
「俺のくせには余計だよ!」


くすりと未来は笑う。
それから顎に人差し指を当て、考え込む。
雪は、縋るような目で未来を見る。


「じゃあ期間限定の僕らのファミリーってことで!」
「……期間限定?」
「そ。やがて僕らは君をヴァリアーの元に返すけど、それまでは僕らのファミリーとして、僕らを仲間として尽くすこと! その見返りとして僕らは君のヴァリアー帰還を手伝う。これでいい間柄でしょ」
「それは………」


そうだけど、と同意する雪。
そんな雪に、未来は小さくウインクした。


「じゃあ決定ね」
「で、でも私は……」
「ほかのマフィアに入ることは癪だろうけど、僕たちは決して雪を悪いようにはしないよ、約束する。それどころかやっぱりヴァリアーじゃなくてこっちがいい、なんて言いだしちゃうかも」


ねぇ?と未来は綱吉を見る。
綱吉は苦笑しながら同意するように頷く。
「だけど獄寺くんが……」と呟くのを忘れないが。


「隼人だって、綱吉が命令すれば何とかなるっしょ」
「え、えぇ!? 俺が命令だなんてそんな……!?」
「お前はファミリーのボスだぞ。こじれ合いを直すのも立派なボスの仕事だ」


リボーンにまで催促され、綱吉は押し黙る。
実際Mかと思うほど、獄寺ならば綱吉に命令されれば喜んで言うことを聞くのだろうが。
それは綱吉も薄々感づいているとは思うが、おそらくそれでも嫌なのだろう。


「それとも綱吉は、女の子が困るのをみるほうがいいっていうのかな」
「そ、それは……う、わ、わかったよ、俺からお願いするよ!」
「あちゃー、まだお願いどまりか」
「まだまだだな、ツナ」


手のひらを額に当てて悔しがるポーズをする未来と、やれやれと肩を竦めるリボーン。
それに脱力する綱吉をみて、思わず雪は笑い出す。


「どうだ雪? こんなボスじゃ信用出来ないって言ってもいいんだぞ?」
「あははっまぁ私ヴァリアーのボスがどんな人かも覚えてないし、こんなんでもいいかなって思う」
「こ、こんなんって………」


綱吉は肩を落とし、それを見て未来は腹を抱え笑い出す。
ファミリーどころかただの友人としか思えない光景に、雪は感嘆する。
こんなファミリーの形もあったのだと、彼女は今まで知るよしもなかったのだ。


「短い間だけど、よろしくお願いします!」


そう雪は、輝かんばかりの笑みを浮かべて握手の手を差し出した。




その時何故こんなにも確証を持って「短い間」だと言い張れたのかは誰も知らない。
ただ、もしあの事件が起こると知っていれば、少なくともこんな安直な答えにたどり着くことはなかったのだろう。

それでも今はただ、純粋に笑える日々へ――………。

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