ホグワーツに雪が降った。止むことを知らないその大雪は、生徒たちには好評であったけれど、廊下に落ちる水を片付けるフィルチさんはいつもより不機嫌だった。一方、私はというと寒すぎる冬に嫌気がさして、寮の暖炉の前を占領し、もこもこのパーカーともこもこの靴下ともこもこのひざ掛けを駆使して、レギュラスくんと勉強会をしていた。ただレギュラスくんはもこもこの私と違って暖炉の前は暑いのか、ローブを脱いでシャツ1枚だけでいる。

レギュラスくんとは最近仲良くなった。勉強熱心な彼はセブルス先輩とも仲がいいらしく、3人で勉強するようになって、私とも一緒にご飯を食べたり、お話してくれたり、勉強をしてくれたりした。シリウスの弟だという彼は、シリウスよりもずっと大人っぽくて、シリウスと同じくらい優秀だった。私やセブルス先輩も知らないような知識を持っており、勉強会はいつも有意義なものだった。私も彼らに負けじと勉強に励んだ。

「この間はうちの愚兄が失礼をしたようで、すいませんでした」
「けど怪我もなかったし大丈夫だよ」

頭を下げるレギュラスに慌てる。シリウスがポッターのクソ野郎と悪戯ばかりしているのはいつものことだし、今回はたまたま巻き込まれてびしょ濡れになっただけで、急いでシリウスが乾かしてくれたから、私の被害はほぼゼロである。あまり仲良くないと聞いてたけど、レギュラスくんはこうしてシリウスがスリザリン生になにかするたびに謝っているのかと思うと、悪戯っ子な兄を持つレギュラスがなんだか不憫になっていく。人の家のことには口出しなんて出来ないが、レギュラスは以前の私のように何かに囚われている気がした。謝らなくてもいいよと私はレギュラスの頭を撫でた。

「やめてください」

そう言って彼は私の手を払った。ショックでレギュラスくんを見つめるけど、その耳が赤くなっていて、私は思わずくすりと笑った。照れている彼は、少し顔をしかめながら私を見た。

「もう子供じゃないんですからね」
「はいはい」
「聞いてないでしょうあなた」

怒ったレギュラスくんをなだめ、また私たちは羽根ペンを進めた。闇の魔術に対する防衛術のレポートはもう5インチもない。レギュラスくんももうすぐ終わると言うし、これが終わったらお茶でも飲もうかと考える。黙々とレポートをやる中で、私の横にセブルス先輩が座ったのが分かった。今日はエイブリーさんたちの補習の手伝いをすると言っていたけれど、この様子だと無事に終わったようだ。最後の一文を書き終えた私は、思いっきりセブルス先輩にハグをした。

「セブルス先輩、お疲れ様!」
「あぁ、アリアもレギュラスもよく頑張ったな。お茶を入れよう」

レポートも確認してやるからと言うセブルス先輩の後ろについて歩きながら、お茶の準備を邪魔する。鬱陶しいと怒るセブルス先輩の後ろで、そういえばシリウスからもらったお菓子があったはずと思いだし、取りに行くと伝えて一旦部屋に戻った。

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お菓子を取ってくるねと女子寮の方へ消えて行ったアリアさんの後ろ姿を見送り、僕はセブルスさんと一緒にお茶の準備をしていた。手慣れたようにティーカップを温めるセブルスさんの手つきを見て、僕はブラック家から出たら、お茶を淹れることも出来ない少年であることを実感してしまった。兄もこうやってお茶を淹れるとアリアさんが言っていた。兄に出来て僕に出来ないことがあると思うと、なんだか嫌な気持ちになる。

「レギュラス、あまりそう深刻そうな顔をするな。アリアが見たら心配するぞ」

最近僕が仲良くなった先輩たちは、性格はちぐはぐであったのに仲がよく、そして2人ともとても優秀な魔法使いであった。ブラック家だからと言って、他の連中みたいに僕を持ち上げたりせず、対等に接してくれた。ブラック家の人間として、よりいい立場であったが、ずっと兄と比べられてきた僕には、この関係はとても心地よかった。

「すいません」
「謝るな、何かあったらすぐに言うんだぞ」

そう言って僕の頭を撫でるセブルスさんの手は暖かい。きっとアリアさんで慣れてるだろうその手は、少しのぎこちなさえも見えず、僕はその手に身を任せた。先程、アリアさんに撫でられた時、手を払いのけるのではなくて、ただ受け入れればよかったと思った。

「レギュラス、お皿を持ってきてくれ」
「分かりました」

兄のことも反発せずに受け入れたらどうだろうか。戸棚のお皿を取りながら、僕に奇妙な考えが浮かんできた。純血主義を嫌う兄は、スリザリンではなく、グリフィンドールに行ってしまい、ホグワーツに入ってから、家でも会話がなくなった。以前は優しい兄であったと思う。お前も好きに生きろと僕に言った兄は、今は冷たい目線を僕に向け、僕も兄をいないものとしていた。しかし僕も確かに純血を尊んではいるけど、それを嫌う兄の気持ちも分からなくもない。父も母も自分勝手な思いしかなく、ヴォルデモート卿の元で殺人を犯し、私腹を肥やしている。僕は彼らが人間ではなく、鬼のように思えた。

「これね、シリウスからもらったやつなの」

お茶を準備し終わった僕らにアリアさんが無邪気にそう言った瞬間、セブルスさんがものすごく嫌な顔をしたのが見えた。セブルスさんはいつも兄やポッターにちょっかいを出されている。僕は申し訳なくなったが、アリアさんが差し出したクッキーの缶を見て、懐かしい気持ちになった。そのクッキーはブラック家御用達のお菓子屋のもので、昔から僕も兄も好きだったクッキーだ。兄もまだこれが好きなのだと思うと、僕は少しだけだけ、変わっていないで兄の中身を信じたくなった。あんな人間でも血の繋がった兄弟で、もし僕が話しかけに行っても無下にはしないだろうと、ふと確信めいたものを感じた。

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「兄さん」
「うおっ!お前そんなところで何やってるんだ!?」

廊下の暗闇から急に話しかけてきたのは、俺のスリザリンに入った弟で、他の連中よりはマシだとしても確かにこいつは純血主義で、俺はホグワーツに入学してから、ずっとこいつを避け続けていた。理由はアホらしいと言われるかもしれないが、いたって単純で、ただ俺はカッコいい兄貴で居たかったからだ。本当自分でも何言ってるんだと思うが、ほとんど絶縁状態のあの家で、こいつだけは俺を見てくれた。俺はホグワーツでもすごいぞと示したかったのだが、すれにすれ違いを起こし、今ではレギュラスとも一切喋らなくなっていた。こいつの方も俺に話しかけなくなったのを寂しく思いながらも俺は、自分からは情けなくて話しかけることなどできなかった。それがレギュラスの方から来たのだ。嬉しくないわけがない。しかし、足元から冷えて行く廊下で待っていたレギュラスは、寒そうにくしゃみをした。俺はすぐに自分のローブをやつに掛けて、最近発明した持ち運び用の冷めない湯たんぽをやつに差し出した。

「ありがとうございます」
「風邪を引かれたら困るからな」

どうしてもうちょっとマシなことが言えない。いつもならもっとよく回る舌が、レギュラスを前にしたらちっとも動こうとしない。口下手なレギュラスも湯たんぽを抱えてこちらを見ているだけで、喋ろうとしない。流れる沈黙に俺は思わず斜め上を見て、またレギュラスから逃げた。

「兄さん」
「どっどうした」

平静を装いながら、レギュラスに返事をする。兄さんなどと呼ばれたのはいつぶりだろうか。少なくともこいつがホグワーツに入ってからはほとんど声を聞いていない。久しぶりに俺を呼ぶレギュラスの声は少し大人びていて、もう舌ったらずで俺の後ろを付いて回った弟とは違って成長していることを知り、寂しい気持ちが広がっていく。

「兄さんは兄さんですよね」

よく分からない質問をする弟に思わずやつの顔を見る。下を向いているレギュラスの顔色はあまりいいとは言えない色だ。俺を待つために寒い廊下にずっと待っていたのだろう。くしゃみをしたレギュラスを見て、俺と違って身体が弱いことを思い出した。

「おい、医務室行くぞ」
「えっ」

腕を掴んで歩き出す。周りの生徒が通り過ぎていく赤と青の2つのネクタイを見て、何事かとギョッとしていくのが分かったが、構わず歩く。医務室につき、ベットにレギュラスを放り込み、マダムへ声をかける。風邪ですよと言うマダムにとりあえず安心する。ベットサイドに座り、先ほど渡していた湯たんぽを大きくしてやった。

「兄さんよく僕は体調悪いことに気がつきましたね」
「俺はお前の兄さんだからな」

もう寝ろと布団をかけ直した。ありがとうございますと言うレギュラスは、いつも学校で見かける時より幼く見えた。

「俺は俺だ。分かったか」
「えぇ、なんだか安心しました」

疲れていたのであろうレギュラスは、薬を飲んだらすぐに寝てしまった。マダムがこの分なら明日には治りますよと言うので、俺はレギュラスが握るローブを回収して帰ろうと思ったが、レギュラスはローブを返そうとしない。

「しょうがねぇな」

俺はローブをそのままにして、ベットサイドのボードに返しに来いとだけ置き手紙を置き、医務室を後にした。きっとレギュラスのことだから、親にも風邪引いたことを言わないだろう。ブラック家には風邪をひいたときに屋敷しもべがいつも作ってくれるレモンジュースがある。俺はホグワーツに入って初めて、親へ手紙を送った。


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