あの冬の事件から同級生の友だちが増えた私は、寮でも外でも誰かといるように意識をしていた。今は避けられてはいるけれど、前の報復としてあいつらが襲って来てもおかしくないからだ。そんなおり、私はリリー先輩と勉強会をするために1人で図書館へ向かっていた。

「あっ危ない!!!」
「えっ」

中庭に面した廊下を歩いていたら、急につるんと足元を取られ、視界が反転する。私はお尻から地面に落ちたあと、そのまま頭もごつんとぶつけてしまった。打った場所がじんじんと痛みを主張し、その痛みのせいで身体が思うように動かない。私は唸りながら、お尻と頭を手で押さえた。

「おい!大丈夫か?」

誰かに話しかけられる。しかしながら、それが誰だが判別がつかない。頭とお尻への衝撃で私は目が開けられなかったのだ。涙が滲み出てくるのがわかる。それほど打ち付けた場所が痛かったのだ。その痛みと格闘しながら私は頭を回転させる。先ほどの声はどこかで聞き覚えがあったし、私がこけた瞬間に4人がこちらを見ているのが見えた。きっと悪戯仕掛け人の先輩たちであろう。そう結論づけた私はあとで絶対にリリー先輩とマクゴナガル先生へチクることを決めた。

「おい!」
「あの大丈夫なんで...」
「いやでもお前頭ぶつけてただろう!」

痛みに耐えて自力で立ち上がり、そのまま立ち去ろうとするが手を捕まえられる。急に捕まえられた私はびっくりして固まってしまった。そのまま目線だけを動かすと私の手を掴んでいたの人物があのシリウス・ブラックと知る。これはやばい状況だ。他の女性の先輩から顰蹙を買う。そう考えた私はその手を振り払おうとするが、彼はがっちりと掴んで離さない。どうしようと私が見るからに焦っているのが分かったのか、1人の先輩が優しく声をかけてくれた。

「落ち着いて、本当に大丈夫かい?」
「いえっあのえっと大丈夫です...」
「この子スリザリンでしょ、大丈夫って言ってるしそんな構わなくてもいいんじゃない?」

優しく声をかけてくれた人がリーマス・ルーピン、黒髪天パメガネ野郎がジェームズ・ポッター、3人の後ろでおどおどしているのがピーター・なんちゃらだろう。皆リリー先輩やセブルス先輩と同い年のはずだ。2人にこの4人が一緒にいるときには近づいちゃダメって、特にポッターには気をつけろと言われていたのに。

「ジェームズ!この子は僕らのせいでコケたんだよ。
そんな言い方はないじゃないか」
「ちょっと!元はと言えば俺のじゃなくてシリウスの魔法が変な方向に行ったせいだろう!
しかもこの子はスリザリンだし、別に僕が助ける必要ないよ」

突然の大声に身体が反応する。私はせっかく引っ込んだ涙がまた出てくるのを感じた。今度は滲むだけじゃなく、ポロポロと涙の粒が落ちてくる。ただこの人が怖い。スリザリンというだけでこれだけ冷たく接してくる。2人がポッターに気をつけろって言っていた意味が分かった。この人は平気で人を傷つけられるのだ。しかも、無自覚にスリザリンという理由だけでだ。これでは、マグルや弱い人を差別するスリザリンの人たちのなんな変わりがない。私をいじめた人たちと同じだ。

「ねぇみんな...この子泣いちゃったよ」
「あーあジェームズが泣かせた」
「なっ!僕のせいじゃないだろ」
「...うるせぇ!そんなことよりもこいつをマダムのところへ連れて行くのが先だろ!俺だけでも行く!!」

シリウス・ブラックが私を抱え上げる。急な動作に私は彼にしがみつくようになってしまった。お姫様抱っこなんて初めてされた。案外高いその目線に私はただ、呆然とするしかない。彼は固まった私を見て、少し我慢しろとだけ言い、走り出した。他の3人の仲間を置き去りにして。

「おいパッドフット!」

そのままマダム・ポンフリーのところまで連れて行かれる。ブラック先輩に抱えられた私を見たマダムは悲鳴をあげた。

「なんてことですか!?」

すぐに手当てを施される。自分では気づいていなかったが、打った頭から血が出ていたようだ。すぐに魔法で治され、私はベットで寝かされた。頭を打っていたせいか、明日までここにいなさいという入院宣告を受け、私はぐったりとベットに寝転がった。リリー先輩に謝らなくちゃと私が考えている間、黙って私が手当て受けていた姿を見ていたブラック先輩が、カーテンを閉めてベット横にあった椅子に座る。

「すまなかった」
「あっいえ大丈夫ですから」

そう言うと逆に俺のせいだからと悪かったと落ち込んだ様子でブラック先輩がうなだれる。そうして広がった無言の空間が気まずい。大丈夫だから早く帰ってくれないかなと失礼なことを思っているとカーテンが開けられ、マダムが入ってきた。

「Mr.ブラック、なんで彼女が怪我をしたのか想像つきますし、反省もしているので私からは何も言いませんが、2度目はないですからね」

厳しい様子でそう言い切ったマダムは誰かに呼ばれて去って行く。言われた方のブラック先輩は益々落ち込んでしまった。なんだか怒られた時の犬のようだ。ないはずの耳と尻尾が垂れたように見える。ブラック先輩の自業自得だけれど、なんだかこっちが可哀想になってきた。

「あのブラック先輩、運んでくださってありがとうございます」

セブルス先輩が私にいつもやるようにお布団から起き上がって彼の頭を撫でる。思ったよりも柔らかい髪だ。セブルス先輩の髪はサラサラだしあっちはまさに真っ黒という感じだが、ブラック先輩の髪は黒いけど髪質が柔らかいのか固い印象はない。ブラック先輩が何も言わないので、そのまま撫でつづけた。大人しく撫でられている先輩の姿から、なんだか昔近所にいた大きな真っ黒のシェパードを思い出して笑う。

「先輩って怖い人かと思ったけど、案外可愛いですね」
「アリア......」

撫でていた腕を掴まれ、ブラック先輩がこちらを見る。その顔は真っ赤になっていたが、その目は真剣そのものだ。灰色の瞳に射抜かれた私の顔が赤色に染まって行くのが分かる。こんなかっこいい人に見つめられたら、女の子は誰だってそうなるだろうと言い訳を心の中でしながら、慌てて口を開く。

「ブラック先輩、どうされましたか?」

平静を装いながら問いを投げかける。声は震えていた。大体どうして有名人のブラック先輩が私の名前を知っているのか。

「お前、ブロウズ家の人間か?」
「............」
「やはりそうなんだな」

ブロウズ家のという単語が出てきた瞬間、顔が青ざめていった。そうだ、この人はグリフィンドールに入れられてはいるけれど、元々はブラック家の生まれだ。スリザリンの人たちと同様に、ブラック先輩が私の家や名前を知っていてもおかしくない。今度は私が俯く番だった。

「お前は純血主義についてどう思う?」
「えっ」
「俺は心底くだらないと思ってる。お前は?」

その質問は純血の家系に生まれた人間が安易に口にしてはいけないことだった。冬の事件で、私はセブルス先輩に少し話してしまったが、本来ならば、あの人に繋がっている家の子たちがこれを言ったら命を消される可能性があるほど、口にはできない考えなのだ。あれからセブルス先輩ともその話は避けてきたのに、まさか純血主義の筆頭であるブラック家の嫡男にその考えを言われるとは思わなかった。没落貴族の娘で親が直接あの人に仕えていない私でさえ言えないのに。この人の覚悟は相当の物だと思うが、会ったばかりの私、しかもスリザリンでブロウズ家の人間だと分かっている私にそれを言うなんて、私はブラック先輩の恐れのなさが怖くなった。

「あの...正直私も純血だからと言ってマグルを差別するのは............」

声は震えていた。ブラック先輩は言い切ったのに情けない。なぜ彼がグリフィンドールに選ばれたのかが、そこに見えた気がした。泣きそうな私を今度はブラック先輩が撫でてくれる。その手はセブルス先輩となんら変わりない、とても優しいものだった。落ち着いた私は今度こそ、と思いまた口を開く。

「実際リリー先輩はマグル学年で1番を争えるくらい優秀な魔女です。
血は、純血は魔法使いとしての才能に関係ないと思います」
「そうか、やっぱりお前もそう言うか!
俺のことはシリウスでいい、先輩もいらない」

嬉しそうにこれからよろしくなと笑う先輩に見惚れてしまう。今日の私の顔の色はころころと変わって忙しい。しかも頭に手を置かれたままだ。とくんと自分の胸が高まったのを感じた。

「じゃあ俺はジェームズたちが待っているだろうからもう行くわ。
今日は本当に悪かった。お詫びといってはなんだが、これからなんかあったらすぐに俺に言えよ。
助けてやる」
「あっはい」
「じゃあなアリア」

ブラック先輩、じゃなくてシリウスはもう一度私の頭を撫でて去っていく。セブルス先輩より大きなその手の感触を私は思い出しながら、1人で笑っていた。

「アリア、大丈夫なの?」
「頭を打っておかしくなったか?」

そうしたらいつのまにか来ていたリリー先輩とセブルス先輩に笑っていたことを本気で心配される。リリー先輩はシリウスに私のことを聞き、セブルス先輩を連れてここまで来てくれたみたいだ。私は嬉しくなってまた笑う。リリー先輩を呼んでくれたシリウスにもすぐに駆けつけてくれた2人にも感謝だ。

「さっきもうポッターたちにはやり返して来たから安心しろアリア」
「いつも喧嘩しないでって思うけど、今回ばかりは許したわ。だってアリアに怪我をさせたもの。
特にあのポッターの態度は絶対許さない」
「大丈夫だリリー、まだたっぷり仕返ししてやる」

あの薬が使えるなと不敵に笑うセブルス先輩は本当にいい顔をしていた。あの4人とこの人は仲が悪いのかと思い至り、私はそっとリリー先輩にだけ耳打ちする。

「シリウスってかっこいいね」

そう言うとリリー先輩はぽかんと私を見る。セブルス先輩は固まったリリー先輩を見てびっくりした顔になる。そんな2人がおかしくなって私はいっぱい笑い、次の瞬間にやめなさい!と叫ぶ彼女が本当の姉のようで、私の身体は暖かくなった。


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