結局セブルス先輩とリリー先輩の仲は拗れたまま、太陽が燦々と降り注ぐ夏が来た。今年の夏は去年より暑いらしいと、レベッカが口を尖らせて言った。けれど私は今年の夏の気温なんかより、あの2人の仲をどうするかの方が重要だった。あの時喧嘩するなら私も関わらないと言ってから、すぐに折れて2人とも互いに謝ってこれで仲直り出来ると思ったのに気まずい空気はそのままで、私はまた距離が離れていく2人の間を行ったり来たりの生活に逆戻りだった。

「Miss.ブロウズ、お父様があなたに会いたいと仰ってますが、まだ授業もありますし追い返しましたよ」
「すいません...」

問題は2人のことだけに止まらなかった。私とブラック家のどちらかをくっつけたい父は、懲りずに手紙を私に送り続け、その上ブラック家にも直接出向いたらしい。当然追い返されたらしいが、今度は直接シリウスかレギュラスくんに会おうとして、ホグワーツを訪れてくる頻度が増えた。私にも会おうとする。事情を知っているマクゴナガル先生が、その度に追い返してくれるのがとても有り難い。我が父ながら本当に呆れてしまう。

「何かあれば言いなさい。先生方はあなたの味方ですから」
「ありがとうございます」

尽きない悩みに私の頭はパンクしそうだ。どこへいても休まらない気がする。唯一、クラリスたちの側だけが宿り木だ。だけど4人でいても、大広間でも廊下でも教室でも視線が気になって落ち着かなかった。侮蔑や嫌悪の目線なら慣れているけど、そこにたまに崇拝や恋慕まで入っているから余計に気まずい。私は目の前に置かれたハリネズミを見ながら、そっとため息をついた。この子が持つ鋭い針のむしろに座る気持ちだ。杖を一振りし、無言でハリネズミを針山へ変えた。賞賛するマクゴナガル先生の声を聞きながら私はまた針山をハリネズミに戻し、そっと針を撫でた。

「アリア!大変」

もう今度は何があったのか。ここ最近癖になっているため息をつきながら、急いでと叫ぶ友人たちの後ろを走る。運動は苦手だよと荒い息を吐きながら外へ出ると、沢山のグリフィンドール生に囲まれているセブルス先輩がいて、私は疲れているのも忘れ彼らの間に入る。中心には楽しそうに笑うポッターとシリウス、おどおどと見つめるピーター、困ったような顔を浮かべたリーマスがいた。

「あなたたちそれでも勇敢なグリフィンドール生なの!?」

急に現れた私に驚いたのか、シリウスが私の名前を小さく呟いたのが聞こえたけど、それを無視してセブルス先輩を立たせ、そっと前に出た。そして思いつく限りの罵倒を言う。グリフィンドールの恥さらし、腰抜け、頭がおかしい、卑怯者。自分でもよくここまで悪口が出るなと思うほど、口が回った。みんな私を見てびっくりしているのが分かったけれど、リリー先輩が現れるまで私はずっと彼らを罵っていた。

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アリアが俺の悪口を言っている。俺はそれだけで、心が折れそうだった。

「あなたたちそれでも勇敢なグリフィンドール生なの!?」

スネイプをいつものようにいじめようとして、ただみんなの前でパンツを脱がそうとしただけなのに、彼女は正義のヒーローのように現れてこう言った。そりゃ奴に反撃されないように杖を奪って、動けないように魔法で吊り上げたりはしたけど、それ以外はほとんど一緒のことをしようとしただけなのに、奴の前に立った彼女は怒り狂っていた。

「1対大勢なんて、腰抜けだからするのよ。卑怯者ね、貴方達。セブルス先輩よりも実力がないから、自信がないからなんて言ってるのと同じじゃない。勇敢なグリフィンドール生はここには一人もいないわね。ホグワーツの恥さらし。恥ずかしいと思いなさい、本当に最低!」

俺たちの悪口、いや正論であろう言葉を言い続けるアリアに、その場にいる全員が圧倒されていた。庇われているセブルスさえもだ。小柄なはずの彼女が、今の俺には随分と大きく見えた。

「アリア、悪かったって」
「黙りなさい、顔だけ人間!顔以外いいところ一つもないじゃない!女ったらしの最低野郎。こんな事する人だとは思わなかった。心底軽蔑するわ」

ようやく絞り出した謝罪の言葉もすぐに言い返されて終わる。俺は膝から崩れ落ちた。顔だけ人間は落ち込みぜ、アリア。セブルスをいじめて因果応報とはいえ、アリアの言葉は俺の心にグサグサと突き刺さっていく。心が折れた。

「ちょっとさっきから聞いてれば随分な言いようじゃないか?」
「何がひどいの?あなたこそ酷い人間じゃない、ジェームズ・ポッター」
「僕のどこが酷い人間なの?言ってごらんよ」
「まず顔が酷いわ。頭は狂ってるし、常軌を逸脱した言動が気持ち悪い。あと性格も最悪ね。根性がねじ曲がりすぎて自分じゃ気付かないのかしら、可哀想な人。初めてあなたに同情するわジェームズ・ポッター」

1を言えば10で返される。大人しそうに見えてアリアが実は気性が荒いことを知っているはずなのに。俺たちは喧嘩を売る相手を間違えた。ジェームズを俺の横で膝をつく。この場で彼女に勝てる人間などいないのだ。

「アリア、落ち着け」
「いやよ!だってこの人たち先輩に酷いことしたじゃない!」
「大丈夫だから」

奴がそっと彼女の腕を掴み、落ち着かせようとするが、アリアは止まらない。アリアと手を繋いだスネイプにドロドロとした感情が沸き起こり、俺はもう一度口を開こうとしたが、エバンスが急に現れたことにより、手を離せという言葉は出なかった。

「アリア、セブ!」

すぐに状況を察した彼女は俺たちに怒るが、アリアに罵倒されたばかりの俺たちには何も響かなかった。現に想い人が現れたとわかった相棒はみるみると元気になっていく。

「やぁリリー!急に現れるなんてまるで天使みたいだね!」
「あなた、本当に狂ってるわね。セブとアリアに手を出すなんて最低、大嫌いよ。二度と私達に関わらないで」

アリアの教育はエバンスがしたんだ。この場の全員がそのことを思ったであろう。そしてせっかく立ち上がったジェームズはまた膝から落ちた。可哀想な親友を見た俺はこの場から離れようとする奴らの背中へ声を放った。

「おい、アリアにエバンス。そいつは闇の魔術に魅入られているような奴だぞ。なのにそばへ行くのか」

アリアとエバンスはこちらを振り返ったが、スネイプの野郎は立ち止まりもしない。その態度に腹が立った俺はもう一度、大きな声を出す。

「蝙蝠野郎!お前のせいでアリアまで闇に落とすのか!」

俺はその言葉でアリアもついでにエバンスも目を覚ましてくれると思ったが、結果は違った。奴は結局立ち止まるだけで何も言わなかったし、アリアもエバンスも冷たい目でこちらを見てくる。俺は思わずたじろいだ。

「私今ので分かったの。闇の魔法が悪いんじゃなくて、使う魔法使いが悪いのよ。どんな魔法だったとしても使う人間が悪かったら、全て闇の魔法よ」

エバンスはそう言い、スネイプのそばまで歩いた。今まで怒っていてごめんなさいと言う彼女とそれに自分も幼稚だったと答えるスネイプは、すっかり仲直りしたようだ。俺はやらかしたと思うが、もう後には引けない。

「アリア!お前なら分かってくれるだろ?」

縋るように彼女を見るが、以前彼女の視線は冷たいままだった。その目は俺の心をえぐるには十分なほど、凍てついていた。今まで暖かく俺を慕ってくれていたアリアにそんな目をさせたのは俺だと気づき、ただ手を伸ばすことさえできなかった。

「アリア、行きましょう」

エバンスに声をかけられたアリアは、もう俺のことなど認識してないように目を逸らした後、校舎へ消えて行った。そこから記憶は消えていて、リーマスの話では、俺はその場で立ち尽くしたままピーターに声をかけられても呆けていたそうだ。



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