夏休みは家に帰らず、ずっとリリー先輩の家にいた。リリー先輩の家族はとてもよくしてくれて、無い物ねだりだろうが暖かい家庭に生まれたかったと思った。母親は帰ってこない娘に何か思ったところがあったのか、吠えメールはなくなり、代わりにお金とお菓子の詰め合わせが送られてきた。父親からは相変わらずの手紙が届いたけれど、いつものように無視をした。

そして3年生になり、私に取り入ろうとする人間が増えた。あの夏の事件、悪戯仕掛け人に啖呵を切ったせいだ。スリザリンの連中からは手のひら返しで声をかけられ、悪戯に困っていた他の寮生からもよくやったと言われるようになった。けれどグリフィンドールのお姉さま方(多分シリウスのファン)からはよく呼び出させるようになり、それから守ろうとしてくれるスリザリンのお姉さま方で小競り合いがよく起こるようになり、それに引っ張られてか、スリザリンVSグリフィンドールの構図が出来上がってしまった。廊下でも大広間でも教室でもにらみ合いが続き、マクゴナガル先生がいい加減にしなさいと大声を張り上げることも増えた。

「アリアさん、横いいですか?」
「うん」

レギュラスくんが私の横に座る。このところ知らない人に絡まれ続けてるせいか、周りの保護者感が増えた。朝から授業の間はレベッカたちが、放課後からはセブルス先輩かリリー先輩かレギュラスくんが必ずそばにいた。これだけ多くの人にこれだけ大事にされていることを実感して、なんだかこそばゆく感じる。あの事件の時も誰よりも怒ってくれたのはレギュラスくんで、私やセブルスが止めるのにも関わらず、文句を言いに行ってくれたのだ。そして、私たちだけでなくリリー先輩に頭を下げた。純血であるレギュラスくんがマグル生まれのリリー先輩に謝るなんて、前代未聞だ。

「そういえばアリアさん。僕、クィディッチの選手に選ばれたんです」
「えっ!すごいじゃん!よかったね」

少し笑う彼を見て私も嬉しくなる。あんまり表情が変わらないレギュラスだけれど、今回ばかりは頬が赤くなり、嬉しそうに目を細めた彼は年相応の少年だ。

「それじゃ試合見に行くね!」
「ありがとうございます...」
「ん?どうしたの?」

言いにくそうに私を見上げた彼は不安そうに瞳を揺らす。私はレポートを書く手を止めて、彼に体を向けた。

「クィディッチには兄もポッターもいます。それでも応援に来てくれますか?」
「...もちろん!」

正直いうと驚いた。あれから兄弟として交流があるとは聞いていたけれど、私の目の前でその名前を出すことはなかったのだ。年下に気を遣われていたのを感じ、少し自分が情けなくなる。

「レギュラスくん、頑張ってね」
「はい!」

そしてまた勉強を始めたレギュラスくんを見て、私ももっと大人にならなければと感じた。あの時はセブルス先輩がいじめられていると思ってあんだけ怒ってしまった。けれどあんだけ酷いことをしたシリウスたちを嫌いにはなれなかった。結果としてセブルス先輩とリリー先輩は仲直りできたけど、2人の喧嘩の間、私のことをずっと気にかけてくれていたのは悪戯仕掛け人たちで、シリウスとポッターは私を笑わせてくれた。リーマスはたくさんのことを教えてくれて、ピーターは...うんまあそばにいてくれた。
どうやったら前に戻れるのだろう。
羽根ペンを動かしながら、私はそのことばかりを考えていた。

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レギュラスがクィディッチ選ばれた。後輩が名誉あるクィディッチの選手に、しかも重要な役割であるシーカーに2年生でなったことを嬉しく思う反面、怪我が多いこの競技で、彼が少しでも怪我のないように願う心配もある。

「レギュラス、少しでも食べろ。試合で持たないぞ」

レギュラスの初試合の朝、緊張で青ざめるレギュラスのお皿に野菜を乗せる。こんな状態に肉は辛いだろう。少しでもさっぱりするようにドレッシングをかけ、食べろと言う。コクコクと頷いたレギュラスは、かぼちゃジュースを片手に私が盛ったサラダを黙々と食べる。その目の前には、レギュラスを心配そうに見つめるアリアがいた。

「アリアももっと食べろ」
「うん」

分かっているのかいないのか、アリアはローストビーフにフォークを刺すが口へ運ぼうとしない。その様子はどこか上の空で心配になる。私は無理やりアリアの手を掴み、ローストビーフを口へ入れた。

あまりクィデッチに興味がなかったアリアは、今日が始めての試合鑑賞だ。いくら秋とはいえ、もうそろそろ野外にずっといるというのは辛くなる時期だ。試合会場で私はアリアにニット帽をかぶせる。寒くないよと言うアリアは、少しだけ薄着だ。私は自分のローブを膝にかけてやる。不満そうにアリアがこちらを見るが無視だ。ついでに持ってきた大判のマフラーも肩へかける。

「セブルス先輩ってば、心配性なんだから」
「自分の試合を見て風邪を引かれたなんて知ったらレギュラスは悲しむぞ」

そういうと大人しくなるアリア。その姿は小動物のようで可愛く思える。自分にもこんな感情があったのかと思い、笑えてきてしまう。リリーと魔法だけだった私の世界は、アリアと出会って広がった。自分の中のアリアの存在が大きくなればなるほど、失うことが怖くなる。

「いっけー!レギュラス!」

楽しそうにレギュラスを応援するアリアは、すっかり元気になったようだ。あの夏からアリアはブラックやポッターたちと交流を避けている。私にとってはとても嬉しいことだったが、アリアは奴らに懐いていた。それがなくなって悲しいのだろう。よく寂しそうに悪戯をしている彼らを見つめていることがあった。
あの時は私のために怒ってくれた。だが私ももういいだろうと考えていた。私は奴らが大嫌いである。しかしアリアもそれに習う必要がない。あとでリリーに相談しよう。きっと反対されるだろうが、私たちの可愛いアリアのためだと言えばきっと納得する。
アリアと奴らについて、私はブラックだけが気がかりだった。ブラックは確実にアリアのことが好きだ。しかも親愛や友愛ではない意味でだ。アリアが奴らを見るように、奴ら、特にブラックもアリアのことを見ていた。アリアを見つめるその瞳に宿る熱に私は気づいていた。
仲直りをさせるのはやぶさかではないが、ブラックにみすみすアリアを渡すような真似はしない。

「すごいね!」
「あぁそうだな」

スニッチをレギュラスが無事に掴んだ。興奮するアリアを宥めながら手を繋ぎ、一緒に寮へ帰る。きっと今日は祝勝会だ。レギュラスの好きなお菓子と紅茶を用意してやろうと言うとコクコクと頷くアリアを見て、私も嬉しくなる。
アリアの笑顔を見ると心が暖かくなるだけじゃない、この笑顔が自分だけに向けられたらという思いも湧き出てくる。アリアが自分以外に笑いかけるのが嫌だ。今まで頑なに認めようとしなかったが、私はアリアが好きだ。初恋は確かにリリーだが、リリーの時には感じなかった嫉妬心や独占欲などの薄暗い感情が、自分の心にのしかかってくる。

自分はもうすでに闇の側の人間だ。ヴォルデモート卿にも出会っている。しかしアリアはまだ間に合う。アリアは純血の貴族である。それに優秀な魔女だ。きっとダークロードも目をつけている筈だが、これからアリアを守る手立てを考えなくては。リリーと共に闇から離すのだ。出来るだけ遠くに。

「先輩?」

強く手を握りしめていたのだろう。アリアが不思議そうに私を見上げる。キョトンとした顔はあどけないが、昔よりも大人っぽくなっている。

「楽しかったか?」
「うん!」

出会った頃は冷たい雰囲気を醸し出していたアリアは、私やリリーと出会い、ベネットたちと友人になり、レギュラスから慕われるようになり、年相応の少女になった。願わくば、この子がずっと幸せでいられるよう、私は人生で初めて神へと願った。

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