泣き虫と青い鳥


01 泣き虫と知らない男の子



―――待って待って待って待って…!!

反射的に襖を閉めて、私は暗がりで思考停止していた。
襖の向こう側にいたのは、確かに男の子だった。見覚えのない顔だ。同い年くらいに見えた。でもでも、なんで私の部屋に男の子が。さっきまで誰もいなかったはず。鍵だってきちんと閉めたのに。

「おい」
「ひぃ!」

スパァン!と勢いよく目の前が明るくなって、私は思わず悲鳴を上げた。襖を開けたのはさっき目が合った男の子だ。まん丸の大きな目と視線が合って、私は身を竦める。この人がどういう人であれ、不法侵入は間違いない。過去に聞いた様々な事件が一気に頭を過って涙が浮かぶ。どうしようどうしよう。最悪殺される…!

意味もなく踵を返して後ろ向きに逃げようとした首根っこを掴んで、彼はずるずると私を引き摺り出した。手足をばたばたさせるけれど、ものすごい力で引っ張られてとてもじゃないけれど逃げられない。体が震え始めて、いよいよ力が入らなくなってきた。

「おい」

目の前にぶらーんとぶら下げられて、目を合わせられる。喉の奥で引きつったような悲鳴が漏れた。自然と涙が浮かんできて、私は目を瞑った。

「わ…っ私怪しいものじゃないです…っ!ここここの部屋の住人です…っ」

咄嗟に口から出た言い訳に自分でも混乱する。侵入者に対して言う台詞じゃない。怪しいのは私ではなくて相手だし、そんなの当然相手もわかってーーー。

「はぁ?」

目の前から呆れたような声がして、私は目を瞑ったままびくりと体を震わせた。彼は私をぶら下げたまま、怪訝そうな声で言う。

「ここは私たちの部屋だが?」

その言葉に、へ?と声が漏れて私は目を開けた。まん丸の目と再び視線が合って泣きそうになる。彼は眉を顰めて、ほれ、とぶら下げた私の向きを変えた。視界いっぱいに広がっていた彼の姿がなくなって、室内が一望できるようになる。私はぽかんと目を見開いた。

そこは私の部屋ではなかった。焦げ茶色の木目と白い土壁。部屋の真ん中に衝立があって、向こう側からもう一人男の子が覗いている。
息を呑んで、私は両手で目を擦った。擦っては見、擦っては見るけれど景色は変わらない。

「え、なんで…」

そんなおかしなことがあるはずない。
だって、私は確かに自分の部屋に帰ってきた。自分の鞄に入っていた鍵で扉を開けて、いつもの自分の部屋に荷物を放り投げた。そうして頭からタオルケットを被って押入れに閉じこもったのだ。はっと目をやると、開け放したままの押入れの中に私の菫色のタオルケットが落ちていた。長年使っているものを、寮に入る際実家から持ち出してきたのだ。見間違えようもない。けれど、私が入ったのが間違いなく私の部屋だったなら、今のこの状況はありえない。

頭がぐるぐると空回りする。どうしよう。でもここが私の部屋でないなら、私の方が不法侵入になるのだろうか。悪気がなかったとはいえ人様の部屋の押入れに許可なく入るなんて犯罪だ。なら謝って、とりあえず外に出なくちゃいけない。

「あの、ごめんなさい、私部屋を間違えたみたいで…」

まだ震える声で私をぶら下げる男の子に声をかけると、彼はまん丸な目で私を見た後首を傾けた。そうして、衝立の方に目をやってもう一人の男の子と視線を合わせる。え、どうしよう。疑われてるのかな。そりゃ不法侵入したとあっては言い訳の余地はないんだけども。
解放してもらえなかったらどうしよう。まさかお巡りさん呼ばれたり?いや、でもいっそお巡りさんにいてもらってきちんとお話した方が良いのかもしれない。

「んー。とりあえず学園長先生のところに連れてくか」
「モソ…」
「え!?」

私をぶら下げたまま、彼はくるっと踵を返した。衝立の向こう側からもう一人の男の子も出てくる。え、とか、ちょっと、とか私があたふたしている内に彼らは部屋の入り口らしい木戸を開け放った。




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