泣き虫と青い鳥


17 泣き虫と残念な結果



―――戻れ戻れ戻れ。

頭から被ったタオルケットを両手で引き下げながら、ぎゅっと強く目を瞑る。暗転した視界には、引き戸を閉める寸前に入った細い光が、まだぼんやりと残っていた。輪郭の曖昧なそれを眺めながら、私は只管体を縮めることに集中した。雷が鳴っていた時は、無意識だったけれど多分同じように身を縮めていたはずだ。出来る限りここへ来てしまった時と同じようにすること以外、どういうふうにしたら良いのか分からなかった。
外の音は聞こえない。目を開けて扉に手をかけたら、向こう側が自室だったらいい。けれども、そうでなかったら。向こう側にまだ彼らがいたら。そう思うと怖くて、中々目を開けられなかった。

―――全部、夢だったらいいのに。

昨日の夜、寝付く直前に思ったことが再び過る。雨の中走って帰ってきて、雷に怯えて精神的にも削られていた。もしかしたら自分でも気づかない内に、とても疲れていたのかもしれない。だから、押入れの中で眠ってしまったのかも。それならきっと、この後目を開けたら元の押入れの中にいる。…そうでなければ、困る。

本当なら、今日から夏休みのはずだった。何にも予定のない夏休みだ。両親と弟は海外に行ってしまって暫く戻ってこないし、高校に入学してからの3か月、休み中に遊ぶ約束をするほど特別仲の良い友人も出来なかった。部活にも所属していない私にとっては、ひたすらに長いだけのお休み。けれども、それなりにのんびり過ごすつもりだった。こんな風に訳の分からない場所にやってくるつもりなんて、毛頭なかったのに。

どれくらい時間が経ったのだろう。昨日、私が押入れに入っていたのはどれくらいの時間だったか。同じくらいの時間入っていないといけないように思うけれど、実際どうなのかは分からない。あの瞬間、たまたまタイミングが合ってしまったとかだったらどうしよう。ただひたすらに目を瞑りながら、私は祈るような気持ちだった。細い光の痕跡は既に視界から消えていた。

「―――……だろ」

不意に、何も聞こえなかった空間にくぐもった声が響いた。瞼をそっと開けると、暗闇に慣れた視界に木の扉が入る。それががたん、と大きく揺れた。瞬きをすると、だからもういいだろ、と大きな声が耳に届く。誰の声かなんて考えるまでもなかった。絶望感と、そんなにうまくいくはずないという諦めのような気持ちの私の前で、扉がスパーン!と勢いよく開かれた。

「良かった!まだいたな!」

当たり前のようにそこにいたのは、扉が閉まる前と同じ場所にしゃがみこんだご機嫌な七松くんで、背後には呆れたように溜息をついたり眉を顰めたり苦笑をする何人かが立っていた。

「…だめだったか」

立花くんが低く静かな声で呟いたので、私はもう二度瞬きをしてから彼を見上げた。絶望していることを口に出す勇気はなくて、最早苦笑するしかなかった。

「…そのようですね」

私のその言葉に、彼は弓のような眉を更に歪めた。綺麗な人は眉を顰めても綺麗なのだと、他人事のように思った。




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