泣き虫と青い鳥 | ナノ
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16 泣き虫と押し問答



「迷っていても仕方がない」

明確な言葉で私の思考を断ち切ったのは、立花くんだった。視線を俯けてぐるぐる考え込んでいた私は、その言葉でそっと顔を上げる。立花くんはあまり表情がなく、何を考えているのか分からない。けれど多分、厄介な余所者が万に一つもいなくなる可能性があるのなら、色々考えるより片端から試していきたいのかもしれない。そう思ってから、私は内心苦笑した。笑ってしまうくらい卑屈な考えだ。

「そうですね。…試せるものは試してみましょう」

便乗するように、私も声を上げる。えー、と文句を言ったのは七松くんだけれど、これは黙殺されたし、中在家くんが小突いているのが視界の端に見えた。

「とりあえず、このままだと私は入れないので、この、…えっと、こーり?を、どけても良いですか?」

指さした箱は、私の背後からそっと手が伸びてきて運び出してくれる。振り返ると、中在家くんが小さく頷いてくれたので、私は軽く礼を返す。
押入れの中にあっという間にぽっかり薄黒い空間が出来る。それは確かに私の部屋のそれとよく似ているように見えた。

「では、いざ」

私は手に持っていたラベンダー色のタオルケットを当たり前のように頭から被った。普段から押入れに入るときのルーティンだ。とても久しぶりのような、けれども昨日と同じその動作に、何だかよくわからない感覚を覚える。手に下げたそうめん入りのスーパー袋が、カシャリと音を立てた。反対の手には畳んだ制服を抱えている。

一通り持っていたものを確認して、私は深呼吸をした。そうして、一度振り返って彼らを見た。

「上手くいくかはわかりませんが、上手くいくことを祈ります」

立花くんが静かな声でさらりと言う。私は頷いて、「ありがとうございました」と言った。
もし上手くいって元の世界に帰ることが出来たら、私がここへ戻ってくることは二度とないだろう。タイムスリップなんてものがそう簡単に何度も起こっても困る。

「短い間でしたけど、ご迷惑おかけいたしました」
「一応暫くは僕らもここで様子を見ているから」
「帰れるといいな」

善法寺くんと食満くんが声をかけてくれた。それにも頷いて、私は屈み込んで押入れのスペースに入る。ふわりとどこかカビのような匂いと、木の匂いが鼻孔に広がった。体を丸めて外に向けて体育すわりをすると、正面に七松くんがしゃがんでいて思わず飛び上がった。案の定頭を天井にぶつけて押さえ込むと、名前、と呼ばれて痛みに涙目のまま顔を上げた。

「本当に帰るのか」
「ええ、まあ…」
「また遊びにくる?」
「どうかな。来るつもりで来たわけじゃないから…」
「ならここにいればいいのに」
「そういうわけにも」

七松くんはくりっとした真ん丸の目で私を見る。困って首を傾げると、諫めるように小平太、と呼んだ食満くんが彼の首根っこを掴んだ。が、七松くんはびくりとも動かない。

「帰ってもいいけど、また遊びにこい」
「だから、約束できないよ」
「なら帰るな」
「そういわれても…」

七松くんは、どうやら私が帰らないか、もう一度ここへ来ることを約束しなければ退かないつもりらしい。座敷童はよほど彼のお気に召したようだった。けれども、私だって帰れるなら穏便に帰りたい。ここはどうか分からなくても、適当に約束してしまうべきだろうか。ちょっと心苦しいけれども、そうでもしないと彼は押入れの戸を閉めた瞬間に開けたりしそうだ。

「分かった。じゃあ、帰ってもまたここへ来られるように、向こうで色々試してみる」

必ず来るという約束は、方便でもできなかったので、私は少し濁して返答をする。私の玉虫色の返答にも、七松くんの表情はパァッと明るくなった。それに罪悪感を突かれながら、私は被ったタオルケットを引っ張ってその陰に隠れる。

「よし!なら帰っていいぞ!」

漸く彼が満足したように立ち上がったので、私はそっと押入れの戸に手をかけた。

「では、皆さん。本当にありがとうございました」

笑顔や静かな顔、厳しい顔などに見送られて、私も曖昧に笑った。そっと戸を引くにつれ細くなっていく光が、パタリという音とともに深い闇に消える。つられるように目を閉じて、私はぎゅっと膝を抱いた。




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