×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -







きょろきょろとあちこちを見回しながら、時折小さな声で名前を呼ぶ。そんな動作を暫くの間繰り返していた。けれども、一向に返ってこない答えに段々と眉尻が下がってくる。

「どうした」

かけられた低い声に振り向くと、背の高い彼女が私を見下ろしていた。表情の少ないその翡翠のような瞳と目が合って、私は声を上げた。

「ハリベル!っ痛!!」
「ハリベル『様』だって何回言わせんだテメェ」

途端、鈍器のような拳が後頭部に降ってきて思わずしゃがみこむ。両手で押さえ込んだ患部が熱い。涙目になりながら見上げると、アパッチが苛立たしそうに眉を寄せながら拳を開いてひらひらと振ってみせた。その後ろに、呆れた表情のスンスンとミラ・ローズが立っている。

「…私は従属官じゃないからいいんだもん」
「んだとコラ!」
「アパッチ、構わない」
「まぁハリベル様、こういうことはきちんとすべきですわ」
「スンスン」
「馬鹿だな、お前もそろそろ学べよ」
「ローズ」

恨みがましく睨みつけるも虚しく、三人の視線に負けた私はむくれながら小さく「ハリベルさま」と呟く。呼ばれた当の本人は首を竦めてから、改めて「どうした」と訊ねてきた。そこで漸く本題を思い出して、私は勢いよく立ち上がる。

「ギンを探してるの」
「…市丸を?」
「貴女やたらと懐いてますものね」
「いっそあいつの従属官になったらどうだよ」
「違うよ、そういうんじゃないんだけど」

怪訝そうに眉を寄せたハリベルに対し、後ろの三人は呆れ顔だ。私は口を尖らせる。そもそもハリベルはあまりギンを良く思っていない。直接そういうふうには言われたことはないけれど、眺めていれば分かるあからさまな表情の違いを私は知っている。故に従属官である三人もギンを良く思っていないが、それは多分ハリベルに比べて明確な理由が無いせいか、何となく気に食わないというようなぼんやりとした嫌悪感のようだった。私はそれが少し寂しいのだけれど、私がギンを好きだからと言って他の人達にそれを押し付けることは出来ないのだと、短い時間の間にも学んでいる。

「市丸なら、ここにはいない」

ハリベルは少し考えるようにしてから、ぼそりとそう言った。いない?と聞き返すと、彼女は小さく頷いた。

ギンは時たまこの虚夜城からいなくなる。前触れもなく、予告もなく。以前その理由を訊ねたことがあったけれど、彼は笑って教えてくれなかった。

あからさまにしょんぼりした私に、ハリベルが少し眉を下げる。

「用があったのか?」
「用、ってほどのことでもないんだけども」
「どーせまた現世がどーの人間がどーの言うつもりだったんだろ」
「…う、」
「本当にワンパターンですわね」

ケッとアパッチが悪態をつき、スンスンが覆い隠した口元で溜息をつく。返す言葉のない私は口を噤むしかない。

「あの狐のことだし、どうせすぐひょっこり戻ってくんだろ」

ミラ・ローズだけが少し優しい言葉をくれたけれど、私の相手をすることを単純に面倒がっているのだということを私は知っている。むう、と尖らせた唇で唸ると、ハリベルの手がそっと頭に乗せられる。ぽんぽんと慰めるように頭上で跳ねたそれに、私は目を細めた。それで、何となく区切りがついたというか、諦めがついた気がした。ここでこうしていても仕方がない。探してもギンが見つからないのなら、どこか別の場所へ行くしかない。

「ありがとう、ハリベル……っ痛い!!!」
「『様』つけろっつってんだろーが!!」

アパッチが本日二発目の拳骨を思い切り振り下ろす。頭を押さえながら恨みがましく顔を上げると、ハリベルがほんの少し笑った。それがあまりない珍しい出来事で、思わず私は目を見開いた。ギンはいなくて残念だったけれど、何となく縁起が良い。つい殴られた痛みも忘れて、私は笑った。ハリベルの後ろで三人官女も呆れたような顔をしながら小さく笑った。

prev next