甘く生きて



現世は眩しい。
空は青くて、ウミもあって、明るくて、ハナも咲いてて、そしてとてもきらきらしている。

「……はー」

溜息を吐いて、私は抱えた膝に額を寄せた。さらさらとした布地が肌を滑って、その感触に目を閉じる。
この白い服は藍染サマに貰ったものだ。皆少しずつ個人の趣味に合わせて改造しているけれど、基本的には同じものを着ていて、私はそれが少し嬉しかった。私達は一人として同じ仮面を持たず、同じ魂を持たず、同じ器を持たない。それが当然なのだけれど、だからこそオソロイというのは何だか胸が踊った。純粋に嬉しかった。数日前までは。

「やぁね、辛気臭い」

彼女が心底嫌そうな声を出したので、私は何となく恨めしい気持ちで顔を上げる。顰め面の彼女は私を見下ろしながら、珍しいじゃない、と呟いた。

「何が?」
「アンタの溜息なんて後にも先にも聞いたことないわ」
「……そうだっけ」
「能天気だけが取り柄なのに」
「ひどい!」

大して面白くもなさそうに暴言を放って、彼女は私の隣に腰を下ろす。対する私は友人(だと思っていた)からの辛辣な言葉に衝撃を受けながら口を尖らせて苦情を捲し立てた。そんな風に思ってたの、とか、そんなこと思ってても言ったらダメなんだよ、とか。けれど彼女はどこ吹く風で、興味なさそうに自分の爪を眺めている。ハイハイ、なんて適当な返事を返され続ければ戦意も消失しようというものだ。暫く文句を言っていた私は、結局最後はぶつぶつと口篭りながら黙るしかなかった。

「で、無い頭捻って何考えてんのよ」
「……チルッチ笑うから言わない」
「今更笑われた所でいつもと変わらないじゃない」
「何てこというの…!」

抗議の声を上げた私をちらっと見て、彼女は笑った。いつも私達はこんなかんじだ。私と一緒にいるとき、チルッチはよく笑う。それはバカにされているということかもしれないけれど、私は彼女の笑顔が好きなのでそれでも良かった。彼女は口の端を弓のように上げて笑う。その表情がたまらなく好きだった。

「人間のことを、考えてたの」

ぼそりと呟くと、彼女は呆れたような顔で「またァ!?」と言った。多分そう言うだろうと思っていた。思えば私達は藍染サマ達に引き合わされていて、同時期に私はギンに現世やソウルソサエティの話を聞くようになったのだ。私の『人間』についての話に付き合わされた回数は、彼女はギンに次いで多い。毎回毎回良く飽きもしないで、と言われ続けている。もしかしたら、チルッチは人間を知っているからそう思うのかもしれない。私は人間を知らないからどんな話でも聞きたい。たくさん話を聞いて、想像するのが楽しかった。ちらちらと脳裏を過ぎる金色を振り切るように、私は膝を抱えたまま身を乗り出す。

「考えてみたの。例えば、人間が私達と逆さまだったらどうしようかしらって」
「逆さま?」
「そう。私達はこうして地面に足を付けて生活しているでしょ?人間の地面は空にあって、私達とは逆さまに生活していたらどうしたらいいのかしら」
「バカじゃないの、そんなことあるわけないでしょ」
「そうなの?」
「死神も人間もあたし達虚も、みーんな地面の向きは一緒よ」
「……、そうなの」

腰に手を当てて上から見下ろすチルッチに、私は少し間を置いて返事をした。とすると、あの逆さまの金色は何だったのだろう。死神でも人間でも虚でもないのだろうか。
あのきらきら光る糸のような髪が忘れられなかった。容姿も風貌ももう思い出せないけれど、もう一度会えばきっとすぐに分かるだろうと思う。けれども、もう二度と会うことは叶わない。
既に一度禁忌を破っている私は現状でこそバレてはいないものの、同じことを繰り返して隠し通せる自信なんてなかった。そうしたら私は罰を下されるだろう。藍染サマの罰なんて想像もつかない。それよりも恐ろしいのは、ギンに見放されることだ。ギンは現世へ行ってはいけないと言った。私はそれをちゃんと聞いていたのだ。聞いた上でそれを破った。今更聞いていなかった振りなんて出来ない。
自然と口がへの字になる。選んだのは自分自身だということがどうしようもなく逃げ場のない事実で、だからこの気持ちを吐き出すことなんて出来ない。やり場のないもやもやに、私は再び膝に頭を乗せる。横向きに倒れた世界は、一面に白い。

「チルッチは、ここが好き?」
「ハァ?何よ今更」
「だって聞いたことなかったんだもの」
「嫌いに決まってんでしょ、こんなところ」

彼女は思いっきり眉間に皺を寄せた。その声が本当にとてもとても嫌そうで、何だかおかしくなって私は笑った。すぐにスパーンと頭を叩かれ、その痛みに涙目になりながら私は笑った。

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