『人間は死ぬと魂魄になるんよ』
『うん』
『で、魂魄は普通死神の導きで尸魂界に来ると』
『うん』
『そん時死神が来んくて因果の鎖が無くなってまうと、鎖が食い破って穴が空くんよ』
『……死神のサジカゲン?』
『たまーに難しい言葉知っとるなぁ』

―――ギン。

『死神は虚を斬るねん』
『…藍染サマも言ってたね』
『理由があんねんて。死神の刀は特別でな?虚を斬ると、贖罪されんねん』
『ショクザイ…?』
『虚になってから犯した人間を食べてもうたり殺してもうたりっちゅー罪が全部許されるんよ』
『どういうこと?』
『虚になってからでも、尸魂界へ行けるっちゅーこと』

―――ギン、私、好きな人が出来たの。

『ナマエもその内誰かに恋するんかなぁ』
『ギンじゃない人に?』
『せやね、きっとそうやと思うわ』

それをさみしいと思うなんて、きっと私だけなんだろうと思っていた。
けれどもし彼も同じように思ってくれるなら、嬉しい。

わがままばかり言ってしまった。
結局最後の最後まで、私は自分の思いを通すのだ。
どんなふうにしたって多分、迎える結末は同じだった。それならば私は、私の望む通りに終わりたい。

「ナマエ!!」

薄く目を開けると、視界いっぱいに驚いたようなシンジの表情が映った。私の首を裂いた彼の刀は、今は見当たらない。

「何してんねん……ッ」

私は彼に抱え起こされているようだった。こめかみを伝う涙のほかに首筋をぬるぬるした液体が滑っていく感触がする。そこから霊子が溶けていくように失われているのが分かった。視界は薄暗く、寝起きのように瞼が重かった。冷たい氷が肌の上を滑るような最初の感触の後、鋭い痛みが走った覚えはあるけれど、今は不思議とどこも痛まない。その代償のように、体の感覚が鈍かった。指先一つ、動かせない。

ああ、これが『死』か。

思い至って、私は小さく笑った。チルッチと話していた時は思い出せなかったけれど、確かにこの感覚は以前にも経験したことがある、気がする。気がする程度で実際どんな感じだったかは思い出せないけれど、やっぱりその程度のことなのだろう。

「…だっ、て。…私の短剣じゃ、…ダメ、なんだもの」

喉の奥に鉄臭い痰が絡んで、上手く喋れない。掠れる声で途切れ途切れに話す私を、シンジはまた難しい顔で見下ろしている。
彼は私を助けない。私は破面だから、藍染サマと戦っている真っ最中の今、死神側として現れた彼が私の命を救うことなんて出来るはずがなかった。彼がどんな気持ちでいるのか分からないけれど、それは間違いない事実だった。だから私は安心して、こうしてぼんやりできるのだ。

彼と戦っている時から考えていた。
これから死ぬ私の、たった一つの望み。

「…シンジの刀は、斬魄刀なんでしょう…?」

彼は眉間にものすごい皺を寄せながら私を見下ろしていたけれど、私の言葉に少し目を開いて、それからまたすぐに眉を顰める。多分、私の言いたいことが分かったのだろうと思う。

斬魄刀に、本当に虚の罪を贖う力があるのなら。それが破面にも通用するのかは分からないけれど、ただ何もなく消えてしまうよりずっと希望があると思った。

「…もういちど、……いつか、」

我儘だと分かっている。
藍染サマやギンすらも裏切ってしまう気持ちだと。
けれども、止められないのだ。

―――私はもう一度、この金色に会いたい。

そうしたらきっと、私はまたこの人を好きになる。もしかしたら何にも覚えていないかもしれない。出会っても分からないのかもしれないけれど、きっと。
恋を知らなかった私が、初めて恋をしたたった一人の人。

彼は怖い顔で私を見下ろしていたけれど、暫くしてふっと息をついた。そうして、抱えていた私をそうっと地面に横たえる。
私は薄暗い視界で遠くなった彼の表情に目を細めた。引かれてしまっただろうか。そもそもこの人を好きなのは私だけなのに、彼には迷惑な気持ちだったかもしれない。

「…約束せぇ」

シンジ、と名前を呼び掛けた声を遮って彼は口を開いた。ぱちぱちと瞬くと、地面に転がる私の顔の横に手をついて、彼の顔が至近距離にまで近づく。急に近くなった距離にピントが合わず、私は再び瞬きをした。

「ちゃんと覚えとく。瀞霊廷で、待っといたるわ」

ニィ、と口端が上がって、視界いっぱいに癖のある笑顔が広がった。きょとんとする私に、彼はさらに続けた。

「…せやから、次会うときはちゃあんと俺んこと落としに来いや」

左目の上の傷から垂れた血が、ぽたりと私の頬に落ちた。私は、ともすればすぐにピントが合わなくなってしまう視界に何度も瞬きながら、彼を見上げる。

「…崖から?」
「阿呆。何で崖から突き落とされなあかんねん。ほんま空気読めんなお前」
「だって、意味わかんない…」
「恋に落とすっちゅーことや。俺がお前んこと好きになるようにしてみい」

言わせんな阿呆、と彼は再び眉間に皺を寄せた。私はぱちぱちと瞬いてから笑った。

「…きっと」
「…おう」

それが、私の破面としての、ナマエとしての、最後の記憶だった。

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