シンジは目を見開いた。じっと私を見下ろす三白眼を見つめながら、私は息を止めた。
この目を、覚えていよう。ずっと。忘れないでいよう。例えば私が、消えてしまっても。

「…俺、は」
「…?」
「俺は、お前が破面やと知ってた」

彼が俯いて零した言葉が降ってくる。斜めに切り取られてしまった前髪でその瞳が見えなくなって、私は目を細めた。密やかな音は未だこめかみを伝って流れていく雫とともに、耳に滑り込んでいくような感じだった。
静かに落ちてくる彼の言葉を聞きながら、私は初めて彼と出会ったときのことを思い出していた。遠くに逆さまに立っていた金色と、その剣呑な瞳と、目が合ったときのこと。

「…この時期藍染に関係ない破面がのこのこ現世までやって来るはずない。せやから最初は、お前が攻撃か偵察の為に来たもんやと思てん」

ぽつぽつ零れてくる言葉の上に乗せられた感情なんて知らない。だって私はこころがないから、そんなものがあっても理解できない。だから、彼がその金色の向こうでどんな表情をしているかなんて想像も出来なかった。遠くで聞こえる戦闘音も、砂煙が覆い隠してしまっている。まるで世界に二人きりみたいだった。

「二度目の時は、お前がもしかしたらまた来るんちゃうか思て、見つけたらすぐ消すつもりで、あの辺うろついててん」

彼の声は淡々としていて、絞り出すような小さな声なのに、滑らかに私の頭に届く。私は小さく笑った。馬鹿みたいだと思ったけれど顔が緩んでしまうのだから仕方ない。緊張感がない、とは虚夜宮でもよく怒られていた。でも、嬉しい時に笑ってしまうのは、どうしようもないことなのじゃないかと思う。
だって、―――彼が私を探してあの場に居てくれたのだと言うことが、ただただ嬉しかった。消すためでも殺すためでも、何でもいい。あの場に彼を探しに行った私を、彼も探していてくれたのだと言う事実だけで十分だった。

彼が何のつもりでこんな話をしているのか分からない。だけど私は、さっきギンの後ろで彼を見つけた時から、今までぼんやり考えていたことがあった。こころのない私はどんなに考えたって彼の気持ちなんてわかりはしないのだ。だから、彼が今迷っているように見えるのだってきっと、私の希望に過ぎない。

「―――シンジ」

私は地面に転がったまま、彼の名前を呼んだ。砂埃を吸い込んだせいか声が掠れる。彼は私の声に反応してほんの少し顔を上げた。再び鋭い目と視線が合って、私は笑った。

「…何で、笑てんねん」
「だってシンジ変な顔」
「………、お前、ホンマ空気読めへんやっちゃな」

私の首筋に当たるぎりぎりのところに刺さった刀と、転がったままの地面と、私に覆い被さるように両手をついた彼。そんなところで、くすくすと泣きながら笑う私の姿はどこから見てもおかしなものだっただろうと思う。
私はそっと手を上げて、彼の金色の髪に触れた。指先でつつくとさらさら揺れる。あんまり触ると血や埃で汚してしまいそうで、ほんの何度かそうしてつつくに留めた。それで十分だった。

「だいすきよ、シンジ」
「…………」
「ずっと触れてみたかったの。…きれいな金色の髪ね」

目を細めて微笑むと、溢れた涙がどんどんこめかみを伝っていく。それを見た彼が難しい表情をしたので、私はさらに笑いながら彼の斬魄刀に手を伸ばした。私の首筋を掠めるように地面に突き立てられていた刀の、その峰。両手でそれを覆うように包み込む。

はっとした表情を浮かべた彼がそれを薙ぎ払うように手を上げるよりも先に、私はその鋭い刃に身を委ねた。

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