炎が消えて晴れた視界の先に立つ、何人かの姿。死神のようには見えないけれど、半分以上が刀を持っている。その真ん中で、くるくると指先の帽子を回す人がニィと口端を上げた。金色の髪が風になびいてきらきら光った。

「久しぶりやなァ、藍染」

どうして、と唇が動いたけれど、声は出なかった。ギンの少し後ろから彼らを呆然と眺める私の体が小刻みに震える。

『おんなしやな』
『おんなし?』
『人間でも死神でも虚でもないやつ』

ふと彼と交わした会話が蘇った。人間でも死神でも虚でもないもの。私と同じだと言ってくれた、その言葉の意味。

―――あれは、こういう意味だったの。

「オァアアアアアアアアァ」

突然ワンダーワイスが大声を上げた。びくりと肩が震えて反射的にギンの裾を掴むと、彼は口を尖らせて声の方を見る。

「なんやもぉうるさい子やなぁ。ボクあの子のああいうとこ苦手やねん」
「…ワンダーワイスの発する言葉には意味がある。黙ってみていろ」

カナメが機嫌の悪そうな静かな声で言った。ギンが口を尖らせたまま黙り込んだので、私は二人を見比べてからフーラーの方へ視線を戻した。ワンダーワイスの声に呼応するように大きく開いたフーラーの口から、大量のギリアンが吐き出される。場が緊張感に満ちたのが分かった。死神には、多分仮面を剥いでいないギリアンすら脅威になりうるのだろう。

張り詰めた空気の中で、彼らが刀を抜くのがスローモーションのように見えた。私はそれをぼんやりと立ち尽くして見ていた。藍染サマは動かない。ギンも私の少し前でぼうっと立っている。カナメだけが刀を抜く音が、小さく聞こえた。

「…ギン、」

掠れた声で名前を呼んだ。裾を掴んだままの彼は、私を振り向かない。ただぼんやりと、いつもの笑顔で立っているだけのように見えるけれど、彼の立ち位置は丁度『彼ら』と藍染サマの延長線上で、その更に後ろにいる私を庇ってくれているのかもしれなかった。

藍染サマに向かって、恐ろしいほど強い霊圧が迫ってくる気配がする。

「終いにしようや」

小さく聞こえた声は、あの金色のものだった。
その瞬間、背後からものすごい勢いでカナメが駆けてきて、藍染サマを守る。

―――多分そうだと思っていたけれど。

あの金色も、藍染サマの敵なのだ。藍染サマを倒しに、彼はやってきた。それがどういう因果関係でそうなったのかは分からないけれど。

ギンの背後から顔を出すと、その場から一歩も動いていない藍染サマと、戦う二人の姿があった。カナメに向かってまた別の霊圧が近づいてきて、オオカミのような顔の大きな死神が彼を連れて少し離れたところへ移動してしまう。残った金色と戦うためか、ギンがため息をついて刀を抜いたのが分かった。そこで、私は反射的に彼の前に飛び出した。

しなければならないことなんて決まっている。迷いようもないほどにはっきりとしていた。なのに、それでも、と考えてしまいそうな思考を振り切りたくて、私はで胸元の金具を下した。カシャン、と軽い音を立てて落ちてきた短剣を左手で受け止めて目の前に翳す。ぐっと伸ばした腕の先で、金色がたなびく。

「―――嘆け、」

私は短剣を持つ手に力を込めた。軽い力でするりと鞘から抜けていく刀身が鈍い光を弾く。銀色の短剣の向こう側に、目を見開いているシンジがいた。彼があのままこの戦場に来なければ、藍染サマが勝って終わりだったのに。それが良いことなのか悪いことなのかなんてわからないけれど、そうなってほしかった。

「゛人魚姫(スィレニタ)″」

抜き去った短剣からぶわりと光が溢れて私の視界を埋め尽くした。同時に霊子の渦が体を包み込んで、満たされていく感覚と削られていく感覚がごちゃ混ぜになる。瞼を閉じたのにぶわりと溢れた涙が頬を伝っていく。悲しいのかどうかなんて分からない。この姿になると、いつだってそうだった。

「……ナマエ、」

低い声で名前を呼ばれてそっと目を開けた。最初に会った時のように驚きに見開いた瞳と視線が合う。ぽろぽろと零れる涙をぬぐうこともせず、私はじっと彼を見つめた。

―――何が、いけなかったんだろう。

下肢は魚のそれに変わった。今は空の上に立っているから、足の有無はあまり気にならない。けれどもこの姿になると、何故か髪の毛が伸びる。ふわふわと背中に触れる感触が慣れなかった。
ぱっちりと開けた目から、次々に涙が零れていった。それでも視界ははっきりしているし、泣いているとき特有の体温が上がる感じもない。意味もなく涙が溢れてくるだけで、それがどうしてかとか、そんなことは泣いている私自身にも分からないのだ。

「お前…ッ」

刀を構えたシンジが私を睨む。こんな風に再会するつもりなんて無かったのに。自嘲のような笑みが漏れて、私は小さく俯いた。こんな風に、なんて。まるで別の方法で再会するつもりだったみたいだ。二度と会わないと思っていたはずなのに。

「シンジ」

名前を呼ぶと、ぴくりと彼の肩が揺れた。金色の髪も一緒に揺れて、こんな時まで綺麗だった。

「私はナマエ。破面No.60」

たった一度だけ、現世を見たかった。夜しかない藍色と白色の穏やかな私の世界。その、外側。
変化を望んだことが、いけなかったのだろうか。人間に会ってみたかった。現世に行ってみたかった。その気持ちが?

「…藍染様の敵は、殲滅しなければ」

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