初めての戦場がどうだったかと訊ねられれば、あまり良い気分ではないとしか答えられない。私はギンの傍に連れられていてすぐに炎の壁に巻かれてしまった為に、特別誰とも戦わないまま霊圧がぶつかる音を聞いていることしかできなかったからだ。

爆発音や剣戟には慣れていた。だからそれ自体には特別怖いとかそういう気持ちはなかった。けれども、仲間の霊圧がしぼんでいくのを感じるのはあまり良い気分ではなかった。特に、シャルロッテの霊圧が感じられなくなってしまった時には、思わずギンの手を掴んだ。ギンは振り返らなかったけれど、私の手をゆるく握り返してくれた。大丈夫、大丈夫。霊圧が低くなっただけで、死んでしまったとは限らない。シャルロッテは殺しても死ななそうだし。大丈夫。

目を閉じて、深呼吸をする。チルッチのこと、ネリエルのこと、オリヒメのこと、シャルロッテのこと。今もまだずっと聞こえるきらきらとした音。けれども今私がそれを考えて、何かが変わることなんてないのだ。私にそんな力なんてない。私はこのままギンとここにいる。何か戦況に変化があれば、ここを出て戦う。それだけだ。

死神の数は多かった。けれども破面だって同じくらいの人数出陣していた。そもそも破面は普通の死神に比べればずっと強い。特に、十刃は。死神にも十刃のような存在がいてタイチョーというのだとギンが言っていたけれど、ここで霊圧のぶつかりを感じている上ではタイチョーよりも十刃の方がずっと強いようだった。ハリベルやスタークが負けるところなんて考えられないし、バラガンなんてどうやって倒すのか想像もつかない。死神側はバタバタと倒れて行って、まともに戦えるのは一人か二人というところまできていた。思ったよりも短い時間で済みそうだ。考えながら、私は息を吐く。
何にもしていないことに罪悪感はあるけれど、だからといってギンから離れて無理にこの炎の輪から出ようとは思わなかった。そうすれば逆に邪魔になることは明白だ。

この、足元に広がる人間の存在しない町がカラクラチョウというようだった。藍染サマや死神たちの話を聞いている限りでは、町の四方に立つ柱をすべて壊せばニセモノの町が消えてホンモノが戻ってくるらしい。そうしたら、藍染サマがホンモノのカラクラチョウを手に入れてすべて終わる。

「…………」

不意に脳裏を過ったオリヒメの表情に、私は目を伏せた。
カラクラチョウにどういう意味があるのか分からないけれど、多分ここは彼女にとっても大切な場所なのだろう。もしかしたら私にとっての虚圏のようなものかもしれない。私は、それを壊しに来たのだ。それに何も感じないと言えば、嘘になる。

不意に、空に大きく亀裂が入った。ぽっかりと空いた暗いその隙間から、ワンダーワイスが姿を現す。彼の後ろに続く大きな影が、薄く目を開けていた。フーラー。口の中で小さく呟くと、フーラーは大きな体を億劫そうに前に出した。お気に入りを連れて出てこられたのがうれしいのか、ワンダーワイスはご機嫌そうだった。
フーラーが口を窄めて息を吹きかけたので、藍染サマや私達の周りを囲んでいた炎は全て消え去った。ぶわりと纏わりつくような風に首を竦める。私は頭をプルプルと振って乱れた髪の毛を直した。ギンを見上げると、彼は私の視線に気が付いて少しだけ振り返り小さく笑った。その顔にほっとして、私は彼の手を離す。ここまで何もできなかったけれど、後片付けくらいは手伝わねば来た意味がない。


そう思いながら、胸元を開けようと金具に手をかけた瞬間だった。


「―――待てや」


私の思考も、行動も、全てを止めるに十分すぎる声が、その場に降りてきたのは。


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