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生まれ変わっても



ギンが私の名前を呼んで肩を引き寄せた。殆ど同時に空気が揺れたような気配があって、玉座の間にオリヒメが現れた。ぱち、と瞬きをした刹那だった。
オリヒメを連れてきたのはスタークのようだったけれど、一瞬だったのでよくわからなかった。慌ててもう一度瞬きをした瞬間彼は既におらず、その代り目を見開いたオリヒメが立ち尽くしていた。一歩前に出そうになった私の両肩を、ギンがやんわりと掴んだ。

「おかえり、織姫」

藍染サマが優しい声で言う。冷たい、優しい声。私が言われたわけでもないのに、背筋を冷たい汗が落ちてびくりと肩が震えた。ギンは肩を掴んだまま、あやすように指先でとんとんと叩いた。

「つらそうな顔をしているね」

かつん、と広い玉座の間に靴の音が響く。かつん、かつん。ゆっくりと階段を降りていく背中を見送りながら、私はぎゅっと手のひらを握った。藍染サマに敵意はないように見える。彼はオリヒメに危害を加えるつもりは多分ない。けれどもオリヒメの顔から血の気が引いて、瞳に恐怖の色が浮かんだ。普段の私が彼に呼び止められる度、何をされるわけでもないのに身構えてしまうのと同じだった。それでも悲鳴すら上げない彼女の頬に触れて、彼は口端を上げた。

「笑いなさい」

囁くように言う藍染サマの背後で、カナメが動いた。視界の端でそれを捉えて振り返ると、彼が差し出した手を横にスライドさせるところだった。滑らかに開いた現世への入り口は、青く開いた目のような形をしている。向こう側の風景は逆さまだ。ずきん、と胸が痛んで、私は目を細めた。

「君はここで笑って待っていればいい。私たちが空座町を滅してくるまで」

藍染サマはどこか楽しげだった。けれどもオリヒメは当然というか、ひどい顔をしている。何かしてあげたいと思うけれど、何も思いつかなかった。だって私はこれから、藍染サマに連れられてカラクラチョウに攻め入るのだ。そこが彼女の大事な場所なのだとしても、私にそれ以外の選択肢なんてなかった。私は、破面だから。

―――けれど少なくともここにいれば、彼女に身の危険は少ない。

この宮にはウルキオラがいる。外でノイトラや鬼のような死神の傍にいるよりは、幾分マシのように思えた。本当は彼女を連れてきたはずのスタークが居ればもっと最強なのだけど、今姿がないということは彼も多分現世へ行くのだろう。

ギンにそっと促されて、私は踵を返した。オリヒメに背を向けると、彼女の表情が見えなくなってほんの少しほっとした。何もしてあげられなくてごめんね。心の中でだけ、小さく呟く。

ギンと手を繋いだまま、私は大きく開いた瞼の内側へ足を踏み入れた。空気が薄くなるような感じがして、一瞬目を閉じる。すぐに目を開いたら、そこはもう逆さまの世界ではなかった。青い青い空の広がる、現世の世界。ずきん。また胸が痛んで、私は反対の手でぎゅっとそこを押さえた。

「…ねぇ、ギン」
「んー?」
「現世って、きれい、ね」

ギンは私の言葉に、少し考えたようだった。けれども、すぐに「ここはニセモノやけどなァ」と笑った。
足元にはたくさんの建物が広がっているのに、気配が全然しない。人間はここには誰一人としていないようだった。なのに上を見上げればあの時見たのと同じ空がどこまでも続いていて、ここがニセモノだなんて俄かには信じられない。視線を動かせば、どこかにあの金色がいそうな、そんな。

―――いるはずないと、分かってる。

むしろいたら困る。これから私は、ここで戦うんだから。戦って、そして、きっと死ぬ。だから。
私は胸元に入れた短剣に衣の上からそっと触れた。硬く冷たい、確かな感触。それは私にとっての絶望で、私にとっての希望だ。大きく息を吸い込んで、細く細く吐き出した。震える指先が、吐息が、どうしてそうなのかなんて考えるわけにはいかなかった。

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