画面の中で、懐かしい人が戦っている。
ずっと行方不明だったのに、その動きは以前に比べても変わりないように思えた。私は戦いに詳しくないから自信を持って言い切れないけれど、多分そうなのだと思った。
彼女は無邪気に黒い少年に抱き着き、吹っ飛ばされたノイトラにテスラが駆け寄り、解放されたオリヒメは少年の所に駆け寄る。カオスだ。テスラがノイトラを好きすぎて少し引く。けれどもそこで初めて私は、あの少年がオリヒメの知り合いであることを理解した。もしかしたら、彼女を助けにきたのかもしれない。ということは彼が、ウルキオラの待っている人なのだろう。橙色の髪が揺れるのを眺めながら、私はふっと指先に込めた力を緩めた。

この場合きっと、ネリエルを応援することは間違っている。侵入者と戦うノイトラを蹴散らし、侵入者の方を助けているのだ。けれども私は元々ノイトラよりもネリエルの方がずっと好きだったし、オリヒメのことも好きだから、どちらかと言わなくともネリエルを応援したい。
ノイトラに止めを刺そうとする彼女を見ながら、私はそう祈っていた。もしも私が無事にここへ帰ってこられたなら、また彼女と話したい。死んだのだと思っていた。それを知った日は悲しくて眠れなかった。彼女は私を覚えているだろうか。また前のように、みんな、一緒に。

けれどもその願いは、画面の中でぽんと子どもに変化した彼女に打ち砕かれた。

「……!」

ネリエルの姿そのものの子ども。翡翠色の髪と、割れた仮面と、仮面紋。自分が今まで何をしていたのかさっぱり分からないという顔で、子どもは辺りを見回す。
その頭を上から勢いよく踏んづけたのはノイトラだ。彼は子どもにだって容赦しない。思い切り蹴り上げて吹き飛ばされた小さな体に、思わず私は悲鳴を上げた。ネル、と叫んだ私の甲高い声が、広い玉座の間にこだまする。

気が付くと、肩に置かれていた藍染サマの手のひらの感触がなかった。勢いよく振り返ると、いつもどおりのギンとカナメの間に藍染サマが立っていた。いつも通りの穏やかな、なのに背筋の寒くなるような表情。ああ、この人はネリエルのことなんて何とも思っていないのだ。私は唇を噛んで、彼らの横を駆け抜けようと走り出した。けれども私の小さな体は、ギンによって簡単に絡めとられた。

「あかんよ、ナマエ」
「…っ離してギン!」
「行ったらあかん」
「でもネルが…っ!」

ばたつく私の足は地面を離れて宙に浮いている。暴れても彼は全然どうってことないようだった。

このお城で戦う破面はみんな、藍染サマの元にいる。純粋に彼の為かどうかなんて関係ない。彼はそんなことを求めていない。ただ、思った通りに動くのならそれで良いと思っている。そうして私たちの安全は、彼を裏切らない限り保障されるものなのだ。
けれどもネリエルは違う。彼女は藍染サマの意に反する動きをしている。敵である死神を助け、十刃と戦っているのだ。だから彼女は見捨てられる。藍染サマは、彼女を助けない。

「ナマエ」

背後から静かな声が響いて、私は動きを止めた。暴れなくなった私の体を、ギンは正面を向くように抱え直す。抱きしめる彼の腕を掴んで、私は恐る恐る顔を上げた。先程と変わらない穏やかな表情で、藍染サマが私を見下ろしていた。

「御覧」

彼は私をじっと見てから、その冷たい視線を背後に向けた。先程まで私が立っていた辺りに、あの映像はそのまま表示されている。先程よりも輪をかけてボロボロになった黒い少年の後ろに、さらに黒い鬼のような何かがいた。

「……っ!」

ぞくりと背筋を悪寒が上る。藍染サマはその鬼を満足げに見て、再び私に向かって微笑んだ。

「君はネリエルを助けたかったんだろう」
「…………」
「大丈夫。彼女は死なないよ」
「…なぜ」

漸く絞り出した私の声に、彼はその笑みを深くする。ぞっとするほど綺麗な笑顔だった。思わずギンの腕を掴む指先に力が籠って、後ろから「痛ァ」と気の抜ける悲鳴が聞こえた。

「そろそろ来る頃だろうと思っていたんだ」
「………」
「あの少年の後ろにいたのは死神でね。それも隊長格だ。…多分、ノイトラと良い勝負ができるんじゃないかな」
「…藍染サマの、お知り合い、ですか」
「そうだね。少しの間同じ場で働いていた。彼は単純だが、それ故になかなか面白い人物だよ」

なぁ要、と彼はカナメを振り返ったけれど、カナメは珍しく憮然として答えなかった。けれども彼は特にそれについて気にしなかったようだ。くすくすと笑ってから、再び私に視線を戻す。

「彼はノイトラと戦う。テスラは既に負傷しているから、彼らの手を逃れた織姫が今のうちにネリエルや黒崎一護を治療するだろう」
「…クロ?」
「黒崎一護。ノイトラと戦っていた死神の少年だよ」

何でもないように言う藍染サマの背後で、投影された映像はどんどん進む。戦うノイトラと鬼のような死神。そして倒れ伏した少年と、ネリエルに駆け寄るオリヒメ。一瞬で戦況がまるっきり変わっていた。それも、彼の言う通りに。
私の背を再び悪寒が上った。藍染サマは全てわかっていたのだ。ネリエルのことも、ノイトラのことも、あの死神が援護に来ることも。そうして、少年やここへ来て間もないオリヒメの動きまで、全て。思わずギンを振り返ると、彼はいつもの顔で笑ったまま、「な?」と言った。

「さて、」

ぞっとするほど静かな声が王座の間に響く。その余韻を耳にしながら、私はずっと前にギンと話したことを思い出していた。

『ねぇ、ギン。カミサマって何?』
『急にどしたん』
『バラガンが大きな声で言ってた。顔が怖いから走って逃げちゃったけど』
『あー…』
『カミサマって何?人間みたく現世に住んでるの?』

それは随分前の話だ。私が彼に現世の話を聞き出した頃だったと思う。何気ない日常会話の一つだった。

『神様はなぁ…んー、何て言うたらええんやろか』
『むずかしい?』
『難しいなぁ。そもそもいるかどうかも分からん』
『そうなの?』
『少なくとも尸魂界にはおらんなぁ。信じとるんは人間くらいやない?』
『ドラゴンみたいなやつ?』
『ドラゴンどこで覚えたん』

ギンはけらけら笑ってから、首を傾けて私を覗き込んだ。今まで思い出しもしなかったのに、神様はな、と続けられた言葉が唐突に脳裏に蘇った。

『神様は、この世界全部を作ったお人なんやて』
『え!?そんな人が!?』
『ボクらには普段見えんし、ほんまにそんなお人おるんかわからんけどな』
『そんな…すごい人が…』
『神様は全部作った人やから、今まで何があったかとか、これから何が起こるかとか、全部知っとるんやて』

ギンが大人しくなった私の体をそっとおろした。床に足の裏がつく感触が何だかとてもゆっくりに感じた。自分の足で漸く立った私を見て、藍染サマはふっと微笑んだ。その向こう側の画面に、倒れ伏したノイトラの姿が映っていた。

「我々もそろそろ支度をしようか」


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