ギンに連れられて辿り着いたのは、玉座の間だった。
とても広い部屋の真ん中に、藍染サマが立っていた。後ろにカナメもいる。カナメはギンの後ろをついてきた私をちらりと見てから、軽く眉を顰めて視線を逸らした。多分彼は、十刃でもない私がここに入るのを良く思っていないのだろう。カナメは規律にとても厳しい。そして、藍染サマのことをここにいる誰よりも敬愛している。彼に特別嫌われていると感じたことはないけれど、藍染サマが絡めば話は別だ。

「やあ、ナマエ。よく来たね」

硬そうな四角い椅子の前に立つ藍染サマは、何故だか少し機嫌が良さそうだった。普段と変わらない笑顔と口調なのに、何となくそう感じる。彼は目の前にモニターを開いて、いくつかの部屋を見ていた。画面には黒い衣を着た誰かの姿が映っている。
ギンと手を繋いだまま慌てて頭を下げてから、私はそうっと顔を上げた。あの黒い衣は見たことがある。藍染サマやギンが最初に会った時に着ていたものだ。破面と正反対の色。

「ああ、これが気になるかい?」

藍染サマは目の前の画面を示して口端を上げた。私はそうだともそうでないとも言えず、困って口を噤んだ。
藍染サマが手招きするので、私はギンを見上げた。ギンは普段と同じ笑い顔で、私の手をそっと放した。それで私は、少し迷ったけれども手のひらをぎゅっと握りしめて足を踏み出した。

藍染サマは画面を見やすいように少し大きくしてくれた。目の前に広がる少し荒い映像に、私は息を呑んだ。橙色の頭をした死神が、ボロボロになりながら戦っている。相手はノイトラのようだった。音はしないけれど激しい戦闘であることはすぐに理解できた。
私はノイトラが苦手だった。あの人はいつも怖い目つきで思いつけば喧嘩を仕掛けるような人だった。私は弱いから相手にはされなかったけれど、昔十刃としてお城に居た破面を彼が殺したことを知っている。殺された彼女のことは好きだった。ハリベルに少し似た、優しい人だった。

「………」

画面の向こうでノイトラと戦う黒い少年の姿。戦うというよりは、殆ど嬲られているに近い。ノイトラは無傷なのに彼は既にボロボロだ。それがノイトラと戦ってそうなったのか、その前に別の誰かと戦っていた結果なのかは分からなかった。ノイトラは戦いに平等とか正々堂々とかを考えない。そこも好きではなかった。

画面の端にちらりと金髪の男が映った。ノイトラの従属官のテスラだ。彼は正面に破面らしい誰かを捕まえている。羽交い絞めにされた白い姿をじっと見て、私は目を見開いた。

―――オリヒメ…!

茶色い長い髪をなびかせる少女は間違いなくオリヒメだった。私達と同じ衣だから気づかなかった。彼女はノイトラと黒い少年に向かって何かを叫んでいる。けれどもそれを、テスラが押さえ込む。それを見て自然握りしめた拳に力が入った。
何故彼女があそこにいるのか分からない。少し前までは確かに虚夜宮に居たのに。蒼白な顔で戦う彼らを見る姿は、ここにいた時よりもずっと表情豊かだった。マイナスな方だけれど。優しく笑う彼女を知っているから、とても不愉快な気分になった。すぐにでも彼女の所へ行きたかったけれど、この場には藍染サマもギンもいる。そして何より。

―――私はノイトラにもテスラにも勝てない。

悔しさに力を込めた拳が手のひらを破るのを感じた。
今から行ったとしても、十刃を蹴散らせない私ではあの場所から彼女を助け出すことはできない。藍染サマがこの映像を眺めているということは、あの黒い少年は侵入者なのだろう。ウルキオラが言っていたダイコンかもしれない。それなら猶更、私が彼女を助けることなどできなかった。

「―――ナマエ、顔をお上げ」

後ろに立つ藍染サマが穏やかな声で言った。同時に両肩に大きな手のひらが置かれて、私は顔を上げる。反射的に振り返ると、すぐ傍で藍染サマが私を覗きこんでいた。何を考えているか分からない、なのに一見優しく見える瞳にぞっとする。

「ほら、ここに」

面白いものが映っているよ。

彼の一言が耳に届くとほぼ同時に、見開いた視界いっぱいに広がった画面がぼやける。二、三度瞬いても画面はぼやけたままだった。それで、私の視界がぼやけたのではなく映像が煙でいっぱいになったのだということが分かった。私はその画面に釘付けになった。靄が晴れていく。その中心。

「ネル!」

翡翠色の長い髪が風になびく。額に乗せられた仮面にはヒビが入り、それは彼女の顔にまで及んでいた。けれども間違えようもないほど気高くて真っ直ぐな瞳と、目の下の仮面紋が彼女だと言っている。死んだのだと言われていた。一応事故死だということになっていたけれど、私たちはみんな彼女が誰に殺されたのか知っていた。だから私はノイトラが好きではなかったし、彼女が殺されたのだと知っている筈なのにそれを咎めない藍染サマも苦手だった。笑顔の下に何を思うか分からない人。

「ネリエルは死んでいないよ」

藍染サマが背後から囁くように言った。まるで私の気持ちを読んだかのような言葉に、私はびくりと背筋を伸ばして彼を振り返った。

「こういう形で戻ってくるとは思わなかったが…、面白い展開になったな」

言いながら心底興味深そうな顔で画面を見る彼を見て、私もそれに視線を戻した。映像はちょうど黒い少年を助けるように立ちはだかった彼女が、ノイトラに向かって駆け出していくところだった。
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