夢を見て起きてから、私の頭の中には前にも増してあの金色が居座るようになった。
顔なんて覚えてない。話しかけられた声も、低かったことしか思い出せない。なのにあの透けるような金色だけは忘れられない。

―――もう一度あそこに行けば。

何度目かの自問を頭を振って追い払った。それはできない。一度目はたまたま短時間だったからバレなかっただけで、次も上手くいくとは限らないのだ。そして私はそれが悪いことだと知っている。二度目の罪悪感に自分が耐えられないだろうこともわかっていた。

もしもあの場所に行ったことが、ギンにバレてしまったら。
ギンはきっと怒るだろう。いけないことだと言われていたのだから。言いつけを破ったと幻滅されるかもしれない。そう考えると堪らなく怖かった。

けれども私の頭の中で、ギンがいるところの反対側にあの金色が佇んでいるのだ。頭の中の金色はいるだけで何も言わない。なのに無視できないほど眩しい。

――― もう一度、だけなら。

残酷なほど甘美な声で、もう一人の私が囁く。何度も振り払うのにどうしても消えない。それどころか、最初は遠くで聞こえていたその声がどんどん近づいてくるような気がした。そうしてもうその声は、殆ど耳元で聞こえている。何度も何度も繰り返す度に、それが真実のように思えてくるのだ。もう一人の私はそれをよく理解している。

一度目のそれがバレずに済んだのは、ほんの短い時間しか黒腔にいなかったからだ。現世への扉を開けたのだって一瞬だった。それならごく短い時間であれば、もう一度あの世界を覗いてもバレないのではないか。

何度も何度も振り払った考えの中に、ふっと妥協案が浮かんでくる。もう一度あの金色を見たい私と、ギンに嫌われたくない一心でここを出ないことを選ぶ私の、丁度間に立つもの。ギンに嫌われたくないのなら、ギンに知られなければいい。前回現世を覗きに行ったことを、ギンは知らないはずだった。それはつまり他の誰にもバレていないということだ。バレなかったのは時間が短かったからで。

―――短い時間、なら。

前回のように短時間ならば、もう一度現世を見に行っても誰にもバレないのではないだろうか。ギンはまた暫く出かけて帰ってこない。ギン以外の人達は、私の居場所なんて気にしない。ほんの短い時間姿を消したところで、気が付く者はいないだろう。そこまで考えて、私は小さく苦笑した。私に関わってくれるのは、本当にギンだけかもしれない。

『ナマエもその内誰かに恋するんかなぁ』
『ギンじゃない人に?』
『せやね、きっとそうやと思うわ』

コイがどんなものかはよくわからないけれど、ギンがそういうのならそうなのだろう。きっと私はいつか、ギンでない人にコイをする。それを寂しいと思うのが私だけなのだろうという事実が、余計に寂しかった。

目を閉じて、私は大きく息を吸った。少しの間それを肺に留めて、ゆっくりと吐き出す。瞼の裏側に浮かぶ金色をもう一度見たかった。

薄暗い部屋の中で寝台に座っていた私は、意を決して立ち上がった。壁に掛けてある外套を手に取って羽織る。
ギンは暫く帰ってこないと言ったけれど、昨晩のように少しの間だけ戻ってくるという可能性がないわけではなかった。だから、行くなら早い方が良い。例えばそれで金色に出会えなかったなら、もうそれで諦めるしかない。一瞬でも見かけられたなら、それで良かった。

夢の中のように指先が震える。あの日と同じように鏡の前に立って、私は外套のフードを被った。穴は見えない。仮面も見えない。一瞬だけなら、私が何者かなんてわかる者はいないだろう。

鏡の中の私は見たことのない表情をしていた。期待しているような不安のような、ない交ぜの顔。小さく息を吸って吐いて、もう一度吸って吐く。そうして私は、薄暗い闇に爪を立て引き裂いた。

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