なにいろの花束 | ナノ
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おまえは夢などみなかった

ぐっと腕を上に伸ばしてみる。多少体が軋むけれど、重みは感じない。起こした体も、昨日まで寒気にがたがた震えていたのが嘘のようだった。さっき測った体温は36.4度。

「治ったー」

布団の中の両足を抱えて溜息のように笑う。あんなに堂々とした体調不良は久しぶりだった。割としんどかったのだけれど、枕元の薬とペットボトルが最低限の苦しさで終わらせてくれたように思う。

あの後、平子さんが戻ってくる前に祖父がやってきた。申し訳なさもあってたどたどしく現状を説明していると、コンビニの袋を下げた平子さんが戻ってきたのだ。平子さんは祖父と少し話し、ビニール袋を私に手渡した。「色々買お思たんやけど、あんま重くなってもあれやし、あとはじいさんが何とかしてや」と言ってくれた彼にお礼と二三話して、そのまま家に帰ってきたのだった。

それから平子さんの言う通りとりあえず一度寝て、夜になってから寒気で目を覚ました。熱を測ると39度近くて震えが止まらず、とりあえず祖父が用意してくれた雑炊を食べて薬を飲み、もう一度横になった。
頭がぐるぐるして、変な夢を見ては目を覚まし、寒くて震えて布団の中に潜り込むようなことを繰り返して丸一日。この感じは全快と言っても差し支えなさそうだ。

心配しているだろう祖父にメールすると、今日はそのまま一日のんびりするようにと申しつかった。本当は夕方からお店に行くはずだったのだけれど、祖父がいいというなら今日くらいは甘えよう。あまり変に体調を崩してしまっては、心配かけてしまうから。

大学の友人にも連絡を入れ、後日ノートを見せてもらう約束をとりつける。これで、心配事はない。あとは言われたとおりにのんびりしようか。せっかくだし、ちょっと手のかかる夕飯をつくるでも良いかもしれない。店を閉めた後帰ってくる祖父に振舞えば、心配をかけたお詫びにもなりそうだ。
そこまで思い至って、買い物をしにいこうと布団を出た。適度に休憩しつつ動けば、まあぶり返すということもないだろう。

そんな軽い感じで外に出てきたのだ。

公園のベンチに座っている私は思いっきり顔を横に背けている。正面にはいつものようにシャツとスラックス姿で帽子を被っている平子さん。の、鬼のような形相。

「こんなとこに風邪ひいて熱出したばっかのお子がおるような気ィするのォ」
「………幻です」
「最近の幻は自己紹介までしよるんか、優秀やなァ」

声にまで怒りがにじみ出ている…。体調不良者がうろついていることについて大変お怒りの様子…。
とはいえ、体調不良は昨日までで今日はもう『元体調不良者』である。そんなに怒らなくても、と言い返そうとしたが、ヤンキーみたいな表情の平子さんに反抗できる気がせず、再び顔を逸らす。
平子さんは大げさに息をついてから、もう大丈夫なんか、と低い声で言った。

「熱は下がりましたし、そのほかも問題なしです…」
「こんな時期にホイホイ熱出しよるお子サマが、熱下がってすぐウロチョロするもんちゃうで」
「ちょっと夕飯の買い出しに…」
「そんなもんじいさんがやるやろが」

おじいちゃんに心配かけちゃったので、と口の中でごにょごにょ言い訳すると、彼はもう一度軽く溜息をつく。

「まァ、元気そうで何よりや」
「平子さんもすみません、色々ありがとうございました」
「ええてええて」
「スポーツドリンクとかも助かりました」
「熱んときは脱水症状云々言うしな」

ベンチに座りっぱなしの私は自然、彼を見上げるような形になる。こうしてみていると高校生くらいにも見えるし、けれども私よりずっと大人であることも間違いなくて、不思議な人だなぁと思う。

「何や見とれて」
「え、いえ。平子さんいくつなんだろうと思って」
「歳はなァ、いかにお嬢さんとはいえ企業秘密や」
「えー」
「ま、機会があればそのうちな」

平子さんはいつものように口の端を上げて笑った。それに何だかほっとして、私も少し頬が緩む。

「平子さんにも、何かお礼させてくださいね」
「どないしてん、藪から棒に」
「色々お世話になったので」
「人として当然のコトやで」
「私ができることなら何でもするので、してほしいこと思いついたら言ってくださいね」

一宿一飯の御恩というやつですよ、と拳を作ってみせると、それちょおちゃうやろ、と彼はまた笑った。
熱を出す前、少し変な感じがした気がしていたけど、多分熱のせいだったのだろう。私はふとそう考えて、そして、変なの、と小さく笑った。



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