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明日終わりを告げるもの


多分、色々なことが重なったせいだ。
今日はとても天気が良かった。空が青かった。
馴れない人達と馴れない食事をした。
云十年ぶりにお酒を呑んだ。
どれか一つではなくて、全てが重なったせいなのだろう。だから、こんなのは何かの間違いと同レベルで、たまたま風邪を引いたとか道で転んだとか、そんな程度だ。きっと。

「おま、何泣いてんだよ!?」

既に立ち上がっていた松本副隊長に釣られたのか、班目三席までもが勢いよく立ち上がった。割と詰めて座っていたのに、こんなすごい勢いで動くなんてやめてほしい。けれど、私はそんな文句すら口に出せない。
あれ、と呟いたはずの声が、掠れて出なかった。よく見るとお絞りを持った手すら震えていた。そしてその間も絶え間なく落ちる、小さな雫。
慌てて手の甲で頬を拭う。何重にもそれが流れた跡を、ぬすくって呆然と見つめた。何でこんなことになったのだろう。

動揺したのは恐らく私だけではなかった。立ち上がった班目三席は目の前にぐしゃっと置いてあった自分のお絞りを手に取り、私の顔に押し付けてくる。わぷ、なんて変な悲鳴を挙げて、私は目を瞑った。目の辺りを重点的に拭われて、反射的に顔を背ける。ていうか貴方それさっき顔拭いたりしてたじゃないですか。苦情を言いたいのに、反対の手で頭をがっしり抱えられてそれができない。

「ちょ、やめなさいよ一角!」

松本副隊長が割って入ってくれる。座ったままの私の頭をその豊満な胸に引き寄せながら、彼女は班目三席を睨んだ。女の子に何てことすんのよあんた、と叱責されて、更に動揺した班目三席がいやでもあーくそ!なんて奇声を上げる。開放された私は少し息を吸って、瞬きをした。結構きつく擦られた割に、涙は意味もなくまた零れ落ちる。同時に鼻からも何か出そうになって、慌てて啜り上げた。途端に、泣いているのだという現実が大きくのしかかってきた。

「………っ」

眉を顰めて耐えようとしたけれど、抑えきれないそれがどんどん溢れてくる。弁明をしたかったけれど声を出せなかった。出したら余計に泣いてしまう気がした。
しゃくり上げ始めた私を更にぎゅっと胸に抱いて、松本副隊長が頭を撫でてくれる。呆れたような優しい声が降ってきた。

「はいはい、泣かないのよー。いい子ねぇ」

まるで子供だ。
見た目的にどうかはともかく、年齢的には丸きり逆のはずだった。けれどそれが恥ずかしいよりも嬉しくて、触れている胸が暖かくて、私は強く目を瞑る。ふ、と押し殺した息が口から漏れた。

「泣き上戸かよ」

呆れた声は檜佐木副隊長だった。次いで、隣から「お猪口二杯だぞ…」と信じられないような声音の呟きが聞こえる。抗議も何もできないまま、私はせり上がってくる嗚咽を耐えるので精一杯だった。涙のせいで顔が熱い。いや、お酒のせいなのかも。
ぐるぐると回る頭の中に、どうしたら良いかわからなかった。こんなこと、今まで一度もなかった。懸命に歯を食いしばって、拳を握る。

「…泣き上戸の割に静かな泣き方っすね」
「泣き喚く桜木谷四席なんて想像できないけどね」
「(くそ、ちょっと羨ましいな)」
「オイ修兵心の声漏れてるぞ」
「あーホラあんたたち!女子が泣いてるとこじっと見てんじゃないわよ!」

頭上でやりとりされる会話をぼんやり聞きながら、私はもう一度洟を啜り上げた。顔の熱が脳にまで届いたのか、靄がかっていた景色が更に霞んできた。ああ、この症状は酸欠に似ている、気がする。馬鹿みたいだ。こんなところまできて、私は一体何をしているのだろう。
抱き寄せてもらっている松本副隊長が温かくて柔らかかった。しゃくりあげながら、そっと彼女の死覇装の裾を掴む。こんなふうに誰かに触れたのは久しぶりだった。心地よくて、離れ難かった。

「あら?」

だからだと思う。
今日の目覚めは悪かった。酒の成分も手伝ってか、私は落ちる瞼に抗う暇もなくその目を閉じる。段々と力が抜けていくのを感じた。世界が遠くなる。あんなに賑やかに聞こえていた喧騒が、小さい。

「どうしたんですか?」
「……寝ちゃった」
「は?」
「ガキかよ……」
「(やっぱり羨ましい)」
「オイ心の声漏れてるぞ修兵」

そのまま松本副隊長の胸に寄りかかるように、私は落ちた。しょうがないわねぇ、と。困ったような優しい松本副隊長の声が、最後に私の頭に降ってきた。

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