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空が眩しい


凍りついていた何かが溶け出すような、そんな感覚だった。

「久しぶりやなァ、藍染」

絶望一色だった静けさを、気だるげな声が切り裂く。あんなに大きく響いていた鼓動の音が遠くなって、世界に色が戻ってくる。ゆっくりと顔を上げた先に、懐かしい姿を見つけた。走馬灯のように百年前のあの日の光景が蘇る。何度も何度もその姿を探した。きっとどこかで生きていて、ある日ひょっこり帰ってくるはずだと信じていた。浦原隊長と一緒に少しバツが悪そうにしながら、帰ってきてくれる日をずっとずっと待っていた。見開いたままだった滲んだ視界が光を弾いた。

「…っ猿柿副隊長!!」

堪らず声を上げた私に、上空で仁王立ちしていた彼女が振り向く。現世の赤い服を着ているけれど、つんつんした金色の髪も、きつめにつり上がった眉も変わらない。その強い瞳と目が合った瞬間すぐに視線はそらされてしまったけれど、こちらを向いてくれたというだけで十分だった。反射的に零れ落ちそうになった何かを押し止めようと唇を引き結ぶと、彼女の隣に立っていた見覚えのある三白眼が私を見下ろした。透けるような金色が光を映してきらきらしている。百年前よりもずっと短くなっているのに、こうやって見上げているとやっぱりお日様みたいだった。

「桜木谷コラァ!そこは真っ先に俺ん名前呼ぶとこやろがァ!」

百年前と全く変わらない声音で彼が怒鳴る。以前現世で会った時にはその姿を見ることは叶わなかった。名前を呼ばれこちらを見る瞳と目が合って、泣き出しそうな私を眼下に見た彼の口端がゆるく上げられる。唇だけがゆっくりと「阿呆」と動くのが分かった。

「平子真子……!」

驚愕したように漏れた声は総隊長のものだ。砕蜂隊長の霊圧が動揺したようにほんの少し震える。班目さんは息を飲んだまま彼らを見上げていた。

百年前に消えた彼らは少しずつ姿を変えてそこに立っていた。皆一様に現世の衣装を着ていて、見慣れない姿に違和感を感じるのによく似合っていると思うのがおかしかった。愛川隊長、鳳隊長、六車隊長、久南副隊長に矢胴丸副隊長。あまり見覚えのない大きな姿は、多分副鬼道長だ。そして、平子隊長と猿柿副隊長。行方不明になったと言われていた全員がそこにいる。

彼らの登場に大きく動揺していたのは百年以上護廷十三隊に所属している人達のようだった。この百年の間に護廷隊に入った日番谷隊長達は彼らを知らない。それほど長い時間が流れたことを、私は嫌というほど理解している。ある日突然掻き消された平和な日々を、彼らがいた日常を、覚えている者は少ない。

―――でも、私は覚えている。

平子隊長が何かを言って、それに猿柿副隊長が噛み付いている様子が見える。百年前と変わらない風景。気怠そうに一言二言交わした彼はすぐにその場から姿を消して、同時に矢胴丸副隊長の姿も見えなくなった。追いかけた霊圧は総隊長の傍に移動して、彼らが何か話しているのだというのが分かった。あの老翁のことだ、彼らが現世に居たことを全く気がついていなかったはずがない。私は眉を寄せる。
平子隊長はほんの一分足らずで再び元の位置に戻ってきた。愛川隊長と何か話して、その鋭い目が真っ直ぐあの怪物を見る。殆ど同時にあの小さな破面が口を開いた。大きく上げた叫び声に、呼応するように怪物が震える。大きな目の下が縦に裂けて、口のようなその穴からどす黒い何かが吐き出された。

「な……!」

息を飲んだ私達の目の前で、それは不気味な音を上げながら蠢き始める。その黒い何かの合間に、白っぽい仮面が見えた。虚ろな眼窩と尖った鼻を持った無表情。遠く離れた私の位置からもはっきりと見えるほど大きなその姿。

「あれが全部ギリアンか…!!」

誰かが零した声が聞こえた。絶望を塗り広げるその音が、不思議と遠く思えた。空転していた思考が落ち着いている。指先の震えも収まっていた。見上げる私の視線の先で、平子隊長がほんの一瞬こちらを見たのが分かった。その時の感覚を何と言ったら良いのか分からない。

横たわる浮竹隊長に向き直って、私は改めてその場に膝をついた。彼を挟んで向こう側で、同じく腰を浮かせていた班目さんが驚いた目で私を見た。それに小さく頷いてみせてから、深呼吸を1度して再び手のひらに霊子を集める。

私は覚えている。彼らがとても強いのだということを。私を落ち着かせる為に笑ってみせた平子隊長の表情を。
だから、大丈夫だ。

「治療を続けます」

浮竹隊長が薄く目を開けた。未だ血の滲むその患部に手のひらを翳しながら、私はそれに集中する。背後で剣戟と爆音が響いて、戦闘が始まったのが分かった。

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