zzz


青緑の先


―――満身創痍だ。

誰も彼も。
両手のひらに霊圧を集めながら、私は唇を噛む。
私に出来るのは『何とか今死なせない事』であって、それがその後に繋がるかなんて分からない。少し前だったらこの後の戦局に必ず良い結果をもたらすと信じて動けたのに、今は私の能力では薬の力を借りたところでそこまで回復させることができないとはっきり理解してしまっている。
浮竹隊長も京楽隊長もやられてしまった。無傷に等しいのは総隊長一人。回復が出来るのは現状吉良副隊長と見習い程度の私のみ。本来ならば吉良副隊長に合流して私の持っている薬を併用して治療を施してもらえれば良いのだろうが、ここから浮竹隊長を連れて移動するのは難しい。それまでに敵の目に止まる可能性の方が高かった。この場所が最後まで見逃してもらえるかと言ったらそんなわけはないだろうけれど、ものには優先順位というものがある。少しでも長く―――せめて止血が終わるまでは、何とか持ちこたえたかった。

上空でぶわっと大きな音が響く。手のひらは翳したまま顔を上げると、あの怪物が口を窄めて息を吹きかけているところだった。その先にあったはずの炎の牢獄を思い出して、私は目を見張る。このまま甘んじているはずがないと思っていた。あっという間に業火は消え去り、中から何の心配事も無さそうな藍染隊長が姿を現した。その背後に市丸隊長と東仙隊長。猶予の時は終わったのだ。

上空から悠然と下界を見下ろす姿を、呆然と見上げていた。市丸隊長も東仙隊長も、ちらりともこちらを見ない。なのにその中央に立つ藍染隊長だけが真っ直ぐこちらを見て微笑んだ。微笑んだように口端が上がったのが、見えた。細められた優しげな目と視線が合って、背筋をぞわりと悪寒が上る。まるでそこにいるのは分かっていると言うような視線。逃れられないのだと、獲物に植え付ける捕食者のような。

ああ、と嘆息が聞こえた。それが自分の口から出たものなのか、他の誰かのものなのか分からなかった。結界で区切られたこの小さな町全体に、絶望が満ちている。

「終わりだ………」

誰かが呟く声がした。この空気を代表するような、そんな悲嘆の言葉だった。私はちらりと浮竹隊長を振り返る。彼は眉根を寄せた表情で目を閉じていた。まだ血は完全に止まっていない。それでも、何とか彼を抱えて逃げられるようにしないといけない。班目さんはぎりぎり動ける程度で、先程の様子を見ても長時間の移動は難しい。穿界門を開いて中に入り、入口を閉じる―――その一連の動作が成功出来るだけの時間を稼げる場所まで、持つかどうか。すぐに立てるように身構えた足が、ざり、と砂を踏んだ。その音が耳に響くほどの静寂が、場を支配していた。

ぐるぐると思考が回転する。動ける者は少ない。私はその少ない者の内の一人だ。戦わなきゃいけない。守らなきゃいけない。その責任は重い。なのに、体が動かない。

藍染隊長を倒さないと。浮竹隊長を助けないと。班目さんを、乱菊さんを、檜佐木副隊長を、京楽隊長を。黒崎くんを。織姫ちゃんを。

―――浦原、隊長を。

守らないと、いけないのに。

耳鳴りも聞こえないような静けさの中、心臓が耳元まで移動したかのように鼓動の音が大きく響く。空転する思考が指先の光を消して、そこから急激に体温が奪われていくようだった。血の匂いも、周りのか細い霊圧も、全てが遠くなる。結界に遮られた視界が暗い。

何とかしなきゃ。守らなくちゃ。なのに。どうして体が、動かないの。

叫び出したいような感情が溢れる。頬を伝う汗が、顎から下へ伝い落ちる。見開いた目が乾いて視界が滲んだ。制御の出来ない衝動に眉根を寄せた。その瞬間だった。


「待てや」


懐かしい声が、その静寂を切り裂いた。


prev next