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ダンデライオンの憂鬱


そのあとは、あっという間の出来事だった。

宣言通り破面の欠伸を止めた狛村隊長は、ご冗談をと言わんばかりの自己紹介を大真面目な顔でやってのけ、地響きと砂埃が収まる頃には白目を剥いて伸びた破面が灰色の地面に転がっていた。瞬きをする間もなかった。
破面の霊圧は完全に消えていた。間違いなく戦闘不能の状態になったその巨体を前にして、身構えたまま呆けていた私は漸くその身を起こした。一拍置いて杜鵑草が元の斬魄刀の形に戻る。腰に下げていた鞘にその身を戻していると、前方に立ち塞がっていた狛村隊長が少しだけこちらを振り向いた。その目が優しく細められたので、私は慌てて大きく頭を下げる。

「ありがとうございました」
「礼を言うのはこちらの方だ。あの鬼道は良い判断だった」
「身に余るお言葉です」

半分だけこちらに向けた大きな体がくつくつと揺れた。桜木谷は真面目だな、と漏れた低い声に私はほんの少し唇を尖らせた。誰よりも真面目だろう狛村隊長に言われる筋合いがない。
狛村隊長はひとしきり笑ってから改めてこちらに向き直った。その視線が私を超えて更に後ろに向けられたので、私もそちらを振り返ると、ちょうど班目さんが射場副隊長に殴り飛ばされるところだった。最早只の木材にしか見えない斬魄刀で食ってかかる後頭部を見ながら、私は眉間に皺を寄せる。一体何をやってるんだあの人達は。

「良いのか」
「…何がでしょう」
「斑目を助けに来たのだろう」
「あの人は一発か二発か三発くらいは殴られておくべきです」
「…………」
「射場副隊長がやらなかったら私がぶん殴ってますよ」

息をつくと、狛村隊長は少し置いてから「そうか、」と呟いた。そうしてゆったりとした足取りで彼らの方へ歩き始める。ゆっくりでも狛村隊長の一歩は大きい。私はその背を追いかけて小走りにその場へ駆け寄る。

「……隊長」
「安心せい。生憎と今日の儂は耳が遠い」

狛村隊長に気がついた射場副隊長が振り仰いで何かを話していた。小さく聞こえたその会話の後ろから、私は座り込んだ斑目さんを目掛けて真っ直ぐ突き進む。

「……、桜木谷―――」
「歯ァ食いしばってください」

―――そう、一発や二発や三発くらい、殴られるべきだ。

足早に近づく私を見る細い目が大きく見開かれた。な、と言葉にならない彼の口が開ききらないうちに、私は右手を振り上げる。

パァン、と小気味良い音が辺りに響き渡った。

首を竦めたのは射場副隊長だ。殴られた本人は直前に見開いた目をそのままに呆然としている。詰めていた息を吐き出して、私はぱたぱたと手首から先を振る。拳にしなかったのは最後の良心だ。平手打ちは慣れていなかったが、手のひらがびりびりと痺れてあまり良いものではなかった。次はぐーだな、とぼんやり思いながら、座り込んだ彼を見下ろす。普段眩しい頭は今は砂埃に汚れて光を返さない。
そうしている内、何が起こったのか分かっていない風だった表情が見る見るうちに険しくなった。打たれた頬を押さえながら眉を寄せて振り仰いだその鋭い目と視線が交わる。

「…ってえな!何しやがる!」
「一発や二発や三発くらい殴られるべきでしょう」
「ハァ!?」
「射場副隊長が二発殴っていたのが見えたので三発目を打ち込んだまでですが」

冷静に冷静に、私は呟いた。言葉と裏腹に心臓が大きく脈打っていた。こんなふうに誰かを殴ったのは初めてだ。
言い返そうと口を開きかけた彼に、私は殴ったのとは反対の手を差し出す。怪訝そうな顔をした彼に「立てますか」と声をかければ、彼は肯定も否定もせずまた眉を顰めた。地面についているその腕を無理矢理に取って引っ張り上げる。呻き声を上げた彼を労わる事もせず、その腕を自分の肩に回しながら私は狛村隊長を振り仰いだ。狛村隊長は耳をぴょこぴょこ動かしながら、じっと私を見ていた。

「斑目さんの身柄は私が貰い受けます」
「四番隊を呼ぶか?」
「いいえ。伊江村三席からある程度薬を頂いていますので、それで」

静かに返答すると、狛村隊長はまた一言「そうか」と呟いた。
私はもう一度彼に向かって一礼すると、首に回した斑目さんの腕をぎゅっと掴んで(呻き声が聞こえたが無視した)、地面を蹴った。班目も大変やのう、と零した射場副隊長の声が微かに聞こえた。

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