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闇払う銀の剣


掌から放たれた霊圧が視界を白く染める。衝撃に踏ん張ったはずの両足が後ろへずり退った。真っ直ぐに伸ばした腕の先は破面が振り上げた拳。眩しさに眩んで細めた視界の先で、雷撃がそれを貫くのを確かに見た。よし、と思ったのは束の間ほどにも満たない時間だった。

振り下ろされたその拳は、私の鬼道程度では最早その軌道を変えることは出来なかった。少しでも逸らせれば万々歳と思ったけれども予想以上に重いその拳はびくともしなかったらしい。それでも受けた衝撃に一瞬その拳が遅くなったように見えたのは、私の希望的観測でないと思いたい。
咄嗟に後ろを振り向くと、駆けていく射場副隊長の後ろ姿と何かを叫ぶ斑目さんが見えた。射場副隊長はちゃんと走り抜いている。あのまま行けば何とか二人共助かるかもしれない。

もう一発、と思ったけれどそんな時間がないことは明白だった。飛び退くことは出来たけれど、それをする気にはなれなかった。開放したままだった杜鵑草を後ろに大きく振りかぶって、私は再び足を踏ん張る。その瞬間だった。

「……っ!」

目の前に立ち塞がった白色に、私は動きを止めていた。あっという間に振り下ろされた破面の拳が、ずん、と低い音を立てて静止する。時間が止まったような空間で、その背の大きな七の文字が風にはためいていた。足元に入ったヒビがすぐに割れて浮き上がる。硬い現世の地面が大きく歪んだその様子に、彼が受け止めた拳の重さが見て取れた。一瞬小さく呻いてから、彼は雄叫びのような声を上げた。大きな声と同時に破面の巨体がふわりと宙を舞う。信じられない光景に、私は目を見開いたままその場を動けなかった。漸く狛村隊長、と口から滑り落ちた声に、彼は少しだけ振り向いて小さく口端を上げた。

「よくやった、桜木谷」

荒い息の中聞こえた労いの声に、私は何と答えるべきか分からなかった。隊長、と呟いたのは射場副隊長で、彼が足を止めていたことに気がついた。

「退くな、鉄左衛門」

狛村隊長は背を向けたまま低い声で言った。その言葉と、射場副隊長の視線が交わって場に満ちる。

「絶対に、儂の後ろに立っておれ!」
「……押忍!」

それだけだった。たったそれだけの言葉だったけれど、それで七番隊の隊長副隊長がどういう関係なのか理解できたように思えた。その信頼関係はきっと私には想像もできないほどのものなのだろう。

『東仙隊長』

唐突に、檜佐木副隊長の背中を思い出して眉を顰めた。本当ならばこの場に、こんなふうに、彼らも立っていたはずなのに。

「ぽはははははっ!!」

再び気味の悪い笑い声を上げて、投げ飛ばされた破面が身を起こした。めちゃめちゃに壊されて背後に積み上がっていた建物の残骸がガラガラと崩れ落ちる。

「今のは効かなかったヨ、虫ケラ!!」

にやにやと笑う顔が遥か高い位置で見下ろしている。睨み上げた私の視線と破面の視線は交わらないことが腹立たしかった。けれど私の前に立ちはだかる狛村隊長が何も言わず動きもしないので、私は杜鵑草を構えたまま姿勢を低く保つのみだった。
隊長格の戦いに手を出すべきか判断しかねる。流儀が云々という話ではなく、単純におこがましいと思えた。それでも万が一援護をするなら、一瞬で見極めなければならない。

「でもビクリはしタヨ…」

独特の訛りで話す破面は私の動きになど興味が無さそうだった。狛村隊長ですら見下すその視界に、私や斑目さん達は入っていないのかもしれない。苛立たないわけではないけれど、それが私の力量なのだから冷静に見つめる必要がある。この場に於いて私がすべき最大のことは、狛村隊長の足を引っ張らないということにほかならなかった。

「ビクリしすぎて…」

破面が大きく口を開いた。顎の辺りの皮が弛んでいくつもの皺になる。喉の奥が見える程、顎が外れているのではないかと思う程、開いた口内に光の球が浮かんだ。

「アクビが出るネ」

光の玉は周囲から恐るべき速さで霊子を取り込んでいく。耳鳴りのような音がして思わず眉を顰めた。この破面が直接攻撃以外の動きを見せるのはこれが初めてだ。集まっていく霊圧から、それが特別強い訳ではなくともまともに喰らえば無事でいられぬだろうことが簡単に予測できた。

「ならばその欠伸を止めてやろう」

押し黙っていた狛村隊長が漸く口を開いたのはこの時だった。
軽く俯くようにしていた顔を上げて、彼は徐に斬魄刀を抜いた。同時に卍解、という声が聞こえて、恐ろしいほどの霊圧が溢れ出す。今まさに虚閃の為に霊圧が上がっていく破面単体とは比べ物にならないレベルだった。

「黒縄天譴明王」

息を呑んだ私達を余所に、狛村隊長が静かにその名を口にした。

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