zzz


背中合わせ


その背を呆然と見つめるのは、私も班目さんも同じだった。狛村隊長が出てくるとは思っていなかった、なんて言うのはおかしい。ここには虚圏へ行った何名かを除けばほぼ全ての隊長格が揃っていたのだ。けれどこんな下っ端相手の前哨戦に参戦するとは思っていなかった。この場に誰か来てくれるのだとすればそれは既に戦いを終えた檜佐木副隊長や吉良副隊長だと思っていたし、狛村隊長が戦うのだとすればその相手は恐らく東仙隊長なのだろうと考えていた。

「鉄左衛門!」
「押忍!」

立ちはだかった狛村隊長は、大きな声で射場副隊長を呼んだ。瞬間、何か棒のようなものを抱えた射場副隊長が駆け寄ってきて次々とそれを地面に突き立てていく。柱を囲うように丸く打ち立てられたそれは、柵のようだった。ただの黒塗りの棒ではない。それ自体に微かに霊圧を感じる。

「回帰を止めた。緊急用じゃがこれを折らんように戦やあ問題ない」

最後の一本に手を載せたまま、射場副隊長が私達を振り向いた。保険の保険、ということらしい。技術開発局からの応援と考えても良いのかもしれない。作ったのが技局の誰かなのか、浦原隊長なのかは分からないけれど。
ぼんやりと突っ立っていた私は、その辺りで漸く我に返ってその場にしゃがんだ。伏したまま同じく呆けていた班目さんの腕を肩に回す。立てますか、と声を掛けると「当たり前だ」と憮然とした声が返ってきた。けれど、身を起こせばすぐに押し殺した呻き声が耳元で聞こえる。ああ、うん。その状態から察するに、痩せ我慢に決まってますよね。

これはもう抱えて運ぶしかないだろうかと眉を寄せた瞬間、「ぽはははははっ!!」と初めて聞く笑い声が響いた。普段ならば笑い飛ばせてしまうだろうそれが、何故かひどく不気味な音に聞こえて、私はびくりと肩を揺らした。住宅街に突っ込んでいる破面が、大きな声を立てて笑っている。ぐ、と反動をつけたと思えば、その巨体が回転するように跳ねた。再び地面に立ち上がったその姿は、正面に立ち塞がる狛村隊長よりも更に大きい。思わず肩に回した斑目さんの腕をぎゅっと掴んだ。何があっても、彼は守りたかった。

「中々キイたヨ死神…。でモ、」

ポキポキと肩を鳴らす破面が、狛村隊長を見下ろしながら無造作に手を振り上げる。その腕の動きは巨体に似合わず素早い。

「“本物のパンチ”じゃア、無イ!」

その勢いのまま振り下ろされた拳が、狛村隊長を抉った。瞬きする間もなくその大きな体が吹っ飛ぶ。狛村隊長、と叫んだのは射場副隊長だった。建物が壊れる音も隊長自身の姿も、砂塵の中に消えてしまった。あっという間に見えなくなったその姿に、背筋を汗が落ちるのを感じた。

「ついでに見せてヤル」

大して変化しない表情のまま破面が袖口を探った。その分厚い布の中から、すっと抜き出された刀身が日の光を弾く。刀剣解放だ、と瞬時に理解して私は立ち上がった。班目さんがまた呻いたけれど、そんなことに構っていられなかった。狛村隊長を一発で吹き飛ばす破面だ、更に刀剣解放してしまえば私達に勝ち目があるとは思えなかった。少なくとも手負いの班目さんだけは避難させなければならない。

「気吹け、巨腕鯨」

解号と同時にボン、と爆発音が響く。風船のようにその頭部が膨らんで歪んだ。
思わず息を呑んだ私達の目の前で大小様々な爆発音が続いていた。音と共に体のどこかしらの部分が膨らんでは歪み、血管が浮き出て、その姿はどんどん変化していく。狛村隊長を追いかけようとしていた射場副隊長が、足を止めて振り仰いだ。何じゃあこりゃあ、と呟いた声が、ボコボコという音に混じって小さく聞こえた。

あっという間に破面は元の何倍もの大きさに膨れ上がった。膨れ上がった、という言い方が一番正しいのだと思う。風船に一度に息を吹き込んだように見上げるほどの高さになったその影が、私達を飲み込んで伸びる。他の破面同様、ぐんと霊圧が上がった。

「くそ…ッ、バケモンが…!」

舌打ちした射場副隊長が踵を返した。私が無理矢理立ち上がらせていた班目さんの胸倉を掴む。

「走れ桜木谷!」

あっという間に斑目さんを引き摺りながら駆け出した。肩越しに叫んだその声に、私も一拍遅れてその場を蹴った。
敵に背を向ける行為に文句を叫ぶ班目さんを射場副隊長が一蹴する。そうか、この人は元十一番隊だったはずだけれど、きちんとこういう判断が出来る人なのだ。走りながら他人事のように思った。だからこそ他隊で副隊長という地位に就けたのかもしれない。当たり前の事なのに、十一番隊だったというだけでそれが意外なことのように思う。

巨大化して鈍くなった破面が腕を振り上げる。見るからに重そうな拳だった。その重さのせいで持ち上げる動作は遅くとも、振り下ろす動作は重力も相まって相当の早さだろうことは想像に難くない。ちらりと振り向いてから、私は小さく舌打ちをした。なまじ大きいだけあって、如何に動作が遅くとも振り下ろされるまでにそれが届かない場所まで駆けられるかと言えば、少なくとも班目さんを抱えた射場副隊長には無茶な話だった。

「放せ射場さん!!二人じゃ避け切れねえ!!」
「じゃかあしい言うとるんじゃ!!」

それでも、逃げ切らなければ間違いなくここで終わるのだ。
射場副隊長は班目さんを見捨てない。私も自分だけ助かるつもりなんてない。ならば、答えは一つだった。

途中で足を止めた私は、その足を軸にくるりと踵を返した。避けきれないものならば軌道を変えてしまえば良い。その動き自体を防ぐことは出来ずとも、その落下地点をほんの少し彼らのいる位置からずらすことが出来れば。

「…ッ桜木谷!」

班目さんの声が背中から追ってくる。きっと射場副隊長は足を止めない。ギリギリの賭けだ。最悪軌道をずらせなくとも、当たりさえすればその動きは遅くなるはずだった。そうすれば或いは、彼らがこの一撃の当たらない場所まで駆け抜けられるかもしれない。

「破道の六十三……!」

詠唱は破棄する。多少威力は落ちるとも仕方がない。私程度の鬼道でも、場所さえ外さなければそれなりの威力はあるはずだ。翳した右手を支えるように左手を構える。急速に集まる霊子に、耳鳴りがする。

「―――雷吼炮!!」

prev next