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たぶん死んでも理解できない


手のひらを握ってみる。開いて、握って、開いて、また握る。
感触は上々だ。万全の状態かと言われれば頷くことは出来ないけれど、決して悪くない。深呼吸をすると、体中の霊力の流れが隅々まで感じられるようだった。研ぎ澄まされていくような感覚。
目的ははっきりとしている。迷う必要もない。だから、私は私の為に動くのだ。百年間に、決着をつける為に。

「…………」

そっと目を閉じると、上空にひしめく霊圧の一つ一つを確認することができる。そのうちのいくつかはまるで尖っているように痛くて、耳鳴りがするほどだった。それが誰のものかなんて、考えるまでもない。

『―――桜木谷、』

斬魄刀の柄に手をかけると握り返してくれるようにほんのりと温かかった。殺伐としたこの場に於いてそれは間違いなく救いだった。上で行われているだろうやり取りを想像しながら、私は出来る限り静かに呼吸を繰り返す。ほんの少しの動きが変えてしまうだろう結果は素直に恐ろしかった。少なくとも足を引っ張ることだけは避けなければならない。

四つの地点で既に戦闘が始まっている。広い町とはいえ、所詮町一つ。しかも参戦している面子は実力者揃いなのだから、誰がどこで戦っているかなんて集中しなくても判別出来た。それぞれの相手は恐らく破面で、その霊圧から中々の強者ばかりだということが分かる。それでも勝利することが不可能なわけではない、冷静にそう断じれるほど力は拮抗しているようだった。

―――私の役目は、この場を観察すること。

浅く呼吸をしながら、出来る限り霊圧を低くしてその時を待つ。『その時』なんて本来ならば来ない方が良いけれど、そうも言っていられない戦いだということは理解していた。下る命が私の望むものとは限らない、と零した総隊長が思案を巡らせた結果がこの役目だというなら、それは私の意を汲んでくれたという風に思っても良いのかもしれない。

現在戦闘中なのは東西南北それぞれの端。うち二名は副隊長、二名は十一番隊席官だ。相手の能力との相性もあるだろうけれど、霊圧を見る限り副隊長二名は問題なさそうだった。何かが起こるとすればそれは変に意地を張りたがる十一番隊の二人だろうと、そう考えるのは私だけではないのではと思う。

『生き残れよ』

一番隊の隊舎を出る直前、それまで一言も喋らなかった班目さんがぼそりと呟いた。驚いて振り向いてもそっぽを向く彼と目線は合わなくて、どういうつもりでその言葉を零したのか私にははかりきれなかった。死ぬことを何よりも恐れる私を今まで散々馬鹿にしてきた十一番隊の、しかも三席からそんな台詞が出るとは正直思っていなかったし、恐らくは彼自身自分の口にした言葉に違和感を覚えていたのじゃないかと思う。
死なないでください、と言った喜助さんの言葉が蘇って、私は目を細めた。私の生を願ってくれる人達が、どんなことを考えながらそれを口にするのか私には分からない。けれど、もしかしたら大した意味なんてないのかもしれない。私が誰も死なないで欲しい、とぼんやり願うのと変わらないのかも。それでも、そんな風に言って貰えることは特別に思ってもらえているようで嬉しかった。だから私は小さく、善処します、と呟いたのだった。

ぎゅ、と拳を握り締める。誰も死なせないなんて言えるような力なんてない。私の命すら、自分で守りきれるものなのか自信はなかった。けれど、出来る限りを尽くせば或いは奇跡のような確率だって現実になるのかもしれない。

「……!」

遠くで響いていた剣戟や爆音に乗って、ぐんと霊圧の上がった地点があった。反射的に顔を上げて私は目を閉じる。それがどこなのか、すぐに察して眉を顰める。

「……綾瀬川五席」

最初に刀剣解放したのだろう破面は、綾瀬川五席の戦う相手だった。どうすべきか、と逡巡して私は小さく片足を引く。じゃり、と微かな音が足の裏に響いた。
綾瀬川五席について、私が知っていることは少ない。十一番隊在籍時、手合わせをしたのは班目さんを含め数人でその中に彼は居なかった。故に私は普段の彼の言動と大体の霊圧、先が分かれる斬魄刀の形状程度しか把握していないのだ。十一番隊に籍を置いている以上、班目さん同様直接攻撃系の斬魄刀なのだろうことは想像出来ているが、杜鵑草や鬼灯丸と違って劇的に変化するわけでない彼の斬魄刀が解放時どの程度の力を持つのかということは未知数だった。

行くべき、だろうか。私がいるのは空座町のほぼ真ん中だ。多少ぎこちなくとも瞬歩で向かえば大した時間はかからない。ただ、駆けつけた私を彼が受け入れるとは思えなかった。十一番隊の信条的にも、私を余り良く思っていない彼の心情的にも、援軍は撥ね付けられる可能性が高い。下手をすれば共倒れる。それだけは避けたかった。

咄嗟に他の霊圧を探る。吉良副隊長、檜佐木副隊長は当初の想定通りそこまで問題はなさそうだった。吉良副隊長の霊圧がいつもよりピリピリしているのが少し気にかかったけれど、普段の温厚さを考えれば戦闘時そのままという方が不自然というものかもしれない。班目さんはいつもどおり殴り合っている様子で、少し揺れているけれどそれは受けたダメージの影響だろうと思えた。こちらは霊圧的には完全に拮抗している。彼が何かヘマをしなければ問題ないのだろう。

「……、」

小さく息をついて、私は斬魄刀に手を掛ける。拒絶されたときはその時だ。私の目的にも役目にも、別に十一番隊を満足させるだなんてことは含まれていない。共闘出来るならば上等。最悪鬼道で縛って戦闘が終わるまで大人しくしていてもらおう。そんな風に思いながら、現世の町と同じ硬い地面を蹴った。
何かに覆われたように綾瀬川五席の霊圧が遠くなったのは、それとほぼ同時のことだった。

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