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カバンにぜんぶ、つめこんで。


―――ああ、私はここで死ぬのかもしれない、とぼんやり思った。

咽るほどの血の匂いに満ちていた。呻き声すら聞こえない静かなそこに、私の呼吸だけが響いていた。所々に倒れ伏す隊士達を背に、私は座り込んでいる。裂かれた肩が痛くて、その痛みが段々とぼやけるように熱さに変わっていった。立ち上がらなければ死ぬのだと分かっていたけれど、下肢が言うことを聞かなかった。

私はきっと、ここで死ぬのだ。それは、別に悲しいことではないとずっと思っていた。死神とはそういうものだ。兄上だってそうだったのだから、恐ることなんて何もない。だから。

『―――怖かったでしょう』

ぽん、と頭に乗せられた手のひらが大きくて、包み込むような温もりが愛しかった。いつものようにへらりと笑った彼の顔を見た瞬間、滲むように溢れ出した安堵感。何かを言おうとしたのに、唇が上手く開かなかった。代わりに羽織を掴んだ私の手を、彼は優しく握ってくれた。

その瞬間に、決めたのだ。
私は、この人を守ろうと。


ぱちり、と開いた視界に映ったのは、見慣れた板張りの天井だった。二、三度瞬きをしてからゆっくりと体を起こす。夢、と呟くと、途端に現実感が戻ってきた。

「……夢、だ」

片手で瞼を覆いながら、私は苦笑する。随分大昔の夢を見たものだ。まるで走馬灯のようで、縁起が悪いと言えば悪いのかもしれない。それでも、その声を聞けただけで嬉しいと思ってしまう私は、百年前からやはり変わっていないのだ。たった数日しか離れていないその声が、懐かしかった。

尸魂界に戻ってきたせいか、睡眠時間は短かったはずなのに疲労感は薄い。体が霊子を求めて動いている感覚がある。少しずつ少しずつ満たされていくような。だから、精神的にはともかく肉体的な調子は割と良いようだった。

「…………」

寝床に上半身を起こしたまま窓を見やると、外は薄明かりに包まれていた。日の出が近い。
自室での待機を命じられてから既に数刻、その間特に総隊長からの命令は下りていなかった。それにほんの少しの焦燥感を感じながら、私は目を閉じる。

藍染隊長の準備は整ったということで恐らく間違いない。冬までかかるだろうと予測されていたものが大分前倒しになったものだ。お陰でこちらの準備はまだ全てが整ったとは言えないはずだった。更に、黒崎くんや朽木さん、阿散井副隊長とそうそうたる顔ぶれが虚圏に行ってしまっている。まんまと乗せられたとしか言い様がない。

「……隊長」

彼は、どうしているのだろう。
何も言わないままこちらへ連れ戻されてしまった。消えた私の霊圧に、安堵しているのだろうか。
何があったか、きっともう彼は知っているだろう。尸魂界から何らかの連絡があったはずだ。彼は既に尸魂界になくてはならない人材になっているのだから。それは、とても皮肉なことだと思うけれど。

手の甲で大きく目を擦って、私は両頬を叩いた。ぱん、という音が響いて、痛みと共に頭の中が切り替わる。
総隊長は待っていれば命が下ると言ったのだ。それが私の希望するものでないにしても、あの老翁がその場凌ぎでそんなことを言うとは思えなかった。ならば、待っていればその時は必ず来る。
掛け布団を捲くってその場に立ち上がった。決戦は恐らく夜が明けてからだ。夜の間に何の音沙汰も無かったのなら、もういつ伝令が来てもおかしくない。幸い、ほんの少しでも眠れたお陰で頭はすっきりとしていた。後は身支度だけだ。

「杜鵑草、」

死覇装に着替え帯を締める。腰に差そうと斬魄刀を手にとって私は動きを止めた。握った柄がほんのりと温かい。額を寄せると、彼女の声が聞こえた気がした。

『忘れないで』

私は一人じゃない。彼女が居るなら、きっとどんな場所でだって戦える。

真っ直ぐにこちらに向かってくる霊圧を感じて、私は顔を上げた。腰帯にぐっと刀を差して、深呼吸する。すぐに控えめなノックの音が聞こえて、短く「どうぞ」と返答した。入ってきたのは昨日私を呼びつけに来た者とは違う隠密機動だった。

「申し上げます、」

膝をつき頭を下げたその姿を、私はじっと見つめていた。

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