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スロースターターの意地を見ろ


部屋の外がドタバタと騒がしい。仮にも隠密機動がこんなに音を立てて良いものなのかと眉を顰めて、私は息を吐く。吐いてから、動いているのは隠密機動のみではないのだろうということに思い至った。

半刻程前に、朽木さんと阿散井副隊長の霊圧が消えた。恐らくは朽木隊長の手引きで穿界門に入ったのだと思う。
準備があるから、と先に踵を返した二人を見送ってから、私は一人部屋に戻ってきていた。別れる直前、朽木さんが真剣な瞳で「尸魂界をお願いします」と言ったので、それには小さく頷いてみせた。彼女は私の気持ちも背負って虚圏へ向かってくれるのだ。私だってその気持ちに報いなければ。例えばそれが、私の大切なものを悉く捨てていく世界の為だったとしても。

「―――では阿散井恋次と朽木ルキア両名の行方について、お主らは何一つ知らぬ、と」
「はい」

無表情で短く頷いてから、私は彼を見返す。軽く眉を上げた老人は、その細い目で私をじっと見つめていた。
ここへ呼ばれたのは朽木さん達の霊圧を感じられなくなって殆どすぐのことだった。地獄蝶が寄越され、隠密機動がわざわざ部屋に迎えに来て、それで私は漸く自室を出た。時刻は真夜中と言っても良い頃だったと思う。私をこの場所に招き入れた総隊長は、一言「そこになおれ」と言った。私が素直にその場に正座すると、暫くして同じように隠密機動に連れられた班目さんが現れた。彼は私の隣に座らせられ、そうして尋問が始まったのだ。

聞かれた内容は想定しうるものばかりで、私はひたすら知らぬ存ぜぬを通した。総隊長が段々と苛立って(最初から既に結構なものだったけれど)上がっていくその霊圧に平気な素振りを装いながら、私は首を振ることだけをし続けた。隣の班目さんも同じだった。

「…………」

総隊長は暫く口を閉じて私達を見ていた。その鋭い視線と目があっても、私は顔を上げたまま逸らしたりしなかった。まだ忘れてなんていない。彼がこうして話を聞く場さえ設けることなく、隊長を追放してしまったことを。私の大切なものを捨てていく世界の中心は、この人だということを。

沈黙が流れた時間がどのくらいだったのか分からない。とても短かったような気もするけれど、もしかしたら四半刻くらいあったのかもしれない。総隊長は諦めたように目を閉じて、長く息をついた。

「不遜な態度は相変わらずじゃの、桜木谷香波」

呟いた声に、私は肩を竦める。お陰様で、と零すと、再びあからさまな溜息が降ってきた。その音を聞きながら、私はほんの少しだけ目を細めた。


『四十六室の決定は覆らぬ』


現状尸魂界で一番の権力を持っているのは名ばかりの霊王ではない。私や隊長に出来なかったことを、この老人ならば出来たはずなのだ。この人ならばその気になればきっと隊長を助けることが出来た。こんな形でなく、百年なんて狂おしいほどの時間をかけることもなく、彼を救えたはずなのに。


私と班目さんは恐らく証拠不十分で不問になる。その後謹慎処分になるかどうかは分からないけれど、ただでさえ人員不足の護廷十三隊がみすみす戦闘可能な人材を使わない決定を下すとは考えにくい。特に班目さんは戦闘民族十一番隊の三席だ。前線に駆り出される可能性が高かった。その時私の配置をどうするかは総隊長次第だけれど、少なくとも前回のように隊舎守護という体の戦力外通告にはならないのでないかと思っている。


『約束してください。絶対に死なないと』


不意に蘇った喜助さんの声に、私は唇を引き結んだ。
馬鹿でしょうと笑いながら、泣きそうな顔で彼が絞り出した声にどれほどの思いが込められていたかなんて私には想像出来ない。けれど、誰よりも強かで、誰よりも聡明で、誰よりも優しい彼ばかりが辛い思いをするなんてそんなの嫌だった。その背に守られて無力を嘆く自分ではいたくない。隣で共に戦いたい。私も。


総隊長はきっと私を戦線に駆り出す。それが前線なのか尸魂界の守護なのかは分からないけれど、駒は多い方が良いに決まっている。だから、私はもうどうするかを決めていた。

「―――もう良い。別命あるまで自室にて待機せよ」

低い声で総隊長が放った言葉に、私は少しだけ首を傾けた。

「それは待っていれば命が下る、という意味でよろしいですか」
「……お主の希望通りかは分からんがの」

睨むような強い視線のまま、老翁は呟く。それで十分だった。私は軽く頭を下げて立ち上がった。同じく立ち上がった班目さんが、ちらりとこちらを見たのが分かった。


何も分からないただ安全なだけの場所に、立ち尽くすつもりなんてない。例えば命じられたのが守護だったとしても、私は最前線に向かう。そこに行けば間違いなく浦原隊長が居て、藍染隊長や東仙隊長が居るのだから。

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