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震える手


結局、霊波障害は収まる気配を見せず尸魂界との連絡は途絶えたまま時間だけが過ぎた。業を煮やした日番谷隊長が直接尸魂界側と連絡を取る為に動き、私達は織姫ちゃんの姿を探して夜の町を飛び回った。彼女の霊圧はどんなに集中しても感じ取ることが出来ず、まるで最初から井上織姫という人間なんて存在しなかったかのような静けさが百年前のあの夜に重なった。

日が昇る頃になっても彼女を見つけることは出来ず、残る可能性は尸魂界を出る際に何か不備があってそもそもこちらに戻ってきていないというものだけだった。もしかしたら彼女は、穿界門を潜れないまま向こうで足止めを食っているのかもしれない。その後霊波障害が起きて連絡が取れなくなってしまっているのなら、きっと彼女もこちらを心配してやきもきしているだろう。そうであってほしいと、思っていた。

「井上織姫は破面側に拉致、若しくは既に殺害されたものと思われる」

戸惑うように低く潜められた浮竹隊長の声は、彼も恐らく同じようなことを向こう側で思っていたのだとそう感じさせる音だった。けれどそれは普段の私をお茶に誘ってくれるようなものとは全く異なっていて、まるで裁判の判決のようだ、と思った。目眩に似た既視感だった。

『申し上げます』

ああ、私はこの感覚を知っている。百年前の、あの隠密機動の。

ぐらりと地面が傾いたような気がして、よろけた私の背に誰かの手のひらが触れる。その温かさに現実感が追いついて、私は隣を見上げた。ちらりともこちらを見ない班目さんの視線は、真っ直ぐと狭い室内に設置された通信画面に向けられている。

「勝手なこと言ってんじゃねえ!!」

噛み付くように声を上げた黒崎くんが、大きく腕を振り翳す。ふわりと残り香のような霊圧の残滓を感じて、私はそれをじっと見つめた。あの時浦原隊長が残したものとは違う。それはとても微かな名残なのに私達や黒崎くんの霊圧に触れても消えていったりしない、確かな感覚。包まれるように温かなその霊圧は、確かに織姫ちゃんのものだった。

捲し立てる黒崎くんの大声を聞きながら、私はその腕から目を逸らせなかった。織姫ちゃんがこちらへ向かったのは破面との戦闘中だったはずだ。彼女はその際姿を消したのに、戦闘後に負傷した黒崎くんの傷を癒せるはずがない。

「それは残念じゃ」

鶴の一声のように響き渡った山本総隊長の言葉に、場がしんと静まった。総隊長殿、と思わず声を漏らしたのは朽木さんだ。浮竹隊長の背後から姿を現した老翁は、ずっとそこで話を聞いていたようだった。反射的に眉を顰めて、私は画面を睨み上げる。

「もし拉致をされたなら、去り際におぬしに会う余裕などあるまい」

淡々と言ってのける総隊長は、最初からそれを想定していたのだろう。静かに言い放った言葉に、私は拳を握り締めた。
ここにいる誰もが(多分浮竹隊長も含め)織姫ちゃんが裏切って破面側につくはずがないと理解しているはずだった。根拠も何もない、只の感情論だ。それでも、絶対にそんなことは有り得ないと言い切れる。高々数ヵ月共に過ごした程度、それでもそれは確信だった。
けれど、それが総隊長に通じるはずもないことだって同じように私は理解していた。高々数ヵ月、と自分でも思うしそれが事実なのだから否定する事由もない。そもそも百年以上護廷隊に居た藍染隊長の離反を見抜けなかった尸魂界の誰もが、そんな風に他人について確信を持って言う事自体が馬鹿馬鹿しい。

「バっ…」
「止せ。これ以上喋っても立場を悪くするだけだ」

激昂するように口を開いた黒崎くんを、後ろから阿散井副隊長が押し止めた。ここで声を荒げることが良策でないことを静かに諭した上で、彼は更に通信画面の向こうに向かって口上を述べる。『反逆の徒井上織姫の目を覚まさせるため』、と大義名分を掲げるその言葉を聞きながら、私は目を伏せた。百年前の私だったらきっと同じことをしたかもしれない。けれど、今は時期が悪い。人員不足に喘ぐ尸魂界がみすみす戦力を分散するはずがない。それは、百年前と同じように。

「ならぬ」

冷たく言い放った総隊長の声に、二人が絶句する。目を見開いて、朽木さんが「それは、」と呟いた。声は震えていた。

「それは井上を…見捨てろと言うことですか……」
「一人の命と世界の全て、秤に掛ける迄も無い」
「…恐れながら総隊長殿…、その命令には従いかねます…」
「…やはりな、手を打っておいて良かった」

一見好々爺に見えなくもない細い目が、何を見ているのかなんて知らない。総隊長のその言葉とほぼ同時に、見計らったように背後で丸い障子が開く。驚愕して振り向いた私達の目前で、気怠そうに更木隊長が息を吐いた。

「…そういう訳だ。戻れ、お前ら」
「手向かうな。力尽くでも連れ戻せと命を受けている」

続けて口を開いた朽木隊長に、押し黙るしかなかった。わざわざこの二人を向かわせる辺りがあざとい。正直ここまでするとは思わなかっただけに、抵抗する手段も打開する方法も思いつかず私は内心舌打ちをした。背に触れていた班目さんが、ぐっと私の死覇装を掴んだ。

「…分かった」

小さく、黒崎くんが呟いた。

「せめて…虚圏への入り方を教えてくれ。井上は俺達の仲間だ。俺が一人で助けに行く」

真っ直ぐに睨んだ画面の先で、細い細い総隊長の目がそっと開けられる。それでも、彼が放った言葉は冷淡だった。

「ならぬ。おぬしの力はこの戦いに必要じゃ。勝手な行動も犬死も許さぬ」

一つの反論も許さない絶対的な威圧感の下、最初に足を動かしたのは綾瀬川五席だった。後に続いた班目さんが私の死覇装を掴んだまま押し出すように歩き始めるので、立ち竦んでいた私はぼんやりと一歩前に踏み出す。そのまま流されるままに障子戸を潜ると、乱菊さんと日番谷隊長が静かについてきた。その更に後ろに、朽木さんの背を押す阿散井副隊長の姿が見えた。

「……すまぬ」

最後に朽木さんが呟いた静かな音だけを残して、障子戸はパタリと閉じた。薄暗い静かな空間で、誰かが吐いた溜息が聞こえた。堪らず両手で目を覆った私の死覇装を、班目さんは握ったままだった。

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