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美しい夢をみた


「いぃ〜ででででででェっ!!!」

皆のいる場所へ戻るため、再び地下室への扉を開けてもらった瞬間に響き渡った悲鳴に思わず目を瞑った。
あの声は班目さんだ。よく見ると部屋の真ん中辺りでテッサイさんと女の子相手に格闘している姿がある。暫く呆然と見つめていると、女の子に首をロックされる様子がばっちり見えた。ああ、そういえばあの女の子は何者なのだろう、班目さんを力づくで落とそうとする辺り只者ではないと思うけれど。

「どうしたんスか?」
「あ、いえ」

立ち止まっていた私を振り向いて、彼は首を傾げた。咄嗟に視線を彼に戻して、私は頭を振ってみせる。彼は小さく笑って、すぐに階段を降り始めた。その後ろに続いて階段に足をかけながらもう一度部屋の真ん中を見下ろすと、班目さんを助けようとした綾瀬川五席がテッサイさんに落とされる瞬間だった。というかそもそも、治療してくれる相手に大して助けるも何もない気がするのだけれど。その辺は非常に十一番隊らしい。

席次順に治療してもらったのだろうか、日番谷隊長と乱菊さんは既にそれを終えているようだった。二人共血塗れの状態だったのに私ばかり先に治してもらってしまったのが気になっていたので、いつもと変わらない姿の二人に心底ほっとする。

同時に、ふと思い立って感覚を研ぎ澄ませると黒崎くんと朽木さんの霊圧も感知出来た。朽木さんはどうやら無事らしいけれど、黒崎くんの霊圧の弱弱しさに私は眉を顰めた。グリムジョー相手の戦闘だったはずだ。負傷したのかもしれない。それでも生き残ってくれたという事実に小さく息を吐く。
彼の霊圧を感じられたのは久々だった。もしも彼が平子隊長達と行動を共にしていたのなら何か理由あってのことだろうし、その理由の一つは修行だったのではないかと推測できる。ならばきっと、簡単にやられたりなんかしない。織姫ちゃんが治してくれればすぐに―――。

そう思ったところで、私は違和感に気がついた。

「あの、たい―――」
「おやァ?」
「………、きすけさん」
「はい、何でしょ?」

このやりとりをこの数十分で何度繰り返しただろう。浦原隊長、とつい呼びそうになる私を遮って、彼は何度も首を傾げて見せるのだ。突然名前で呼べと言われても、百年ずっとそうだった呼び名を変えることは容易ではなかった。けれどもきっと彼は、この調子で私が慣れるまでそれを繰り返してくれるのかもしれない。

「織姫ちゃんの霊圧がどこにも無いんです」

喜助さんは振り返らず歩みも止めなかったので、階段を下りながら私は口を開いた。今に至るまで一杯一杯でこんな大きな違和感にも気がつかなかった。そういえば彼女は朽木さんと尸魂界で修行をしているという話だったけれど、まだこちらに戻っていないのだろうか。妙な焦燥感に、早くなりそうな歩調を懸命に押さえ込む。

「ああ、彼女は朽木サンと尸魂界で修行してたはずッスから」

何の気もなしに彼は答えた。それに「でも、」と声を上げながら、私は眉を下げる。

「朽木さんの霊圧はもうこちらに戻ってるんです。なのに織姫ちゃんだけまだ、」
「井上サンは死神じゃないから穿界門を通れないんでしょう。彼女はもう尸魂界の大事な戦力の一つだ、安全に現世へ返すために断界を固定してるはずッス」
「固定?」
「拘突と拘流のことはご存知だと思いますが、あれは界壁固定で止められるんス。止めればただの人間にも安全に断界を行き来することができますが、それには結構な時間がかかる」
「…………」
「更にそこから徒歩で戻るんスから、多少時間が掛かってもおかしくありません」

なるほど、と呟くしかない説明に、私は沈黙した。断界のことは勿論知っているけれど、それは完全に知識上のことだった。しかも霊術院時代に教わった程度で、とてもでないが詳しいとは言えない。彼の説明は理路整然としていて分かりやすく、技術開発局初代局長というのは今でも変わらないのだと私は目を伏せた。けれどそんなことを口にしたら涅隊長に毒殺されかねないから言わない。

長い長い階段は、もうそろそろ床に辿り着くところだった。この階段を降りて皆と合流したら、私は日番谷先遣隊の一員で九番隊第四席の桜木谷香波だ。彼の後ろを歩いていると十二番隊にいた頃を思い出してしまっていけない。彼はもう隊長ではないし、私だって十二番隊五席ではないのだ。切り替えなければならないと思いながら、この背中をもう少し見ていたいと願う自分の甘さを呪う。進みたい気持ちと立ち止まりたい気持ちがないまぜになって、上手く言葉が出てこなかった。それでもどうにか彼を引き止めたい気持ちが勝って、私は口を開く。浦原隊長、と何も考えないまま出てきた声に、彼は歩みを止めて振り向いた。

「やっぱり中々直んないッスねェ」
「……すみません」
「いーえ。いきなり直せって方が無理に決まってます」
「…………」

罰が悪く目を逸らした私に軽く微笑んで、「予言しましょっか」と彼は言った。その意図を汲めずに首を傾けると、二段低い位置で私を見上げる蜂蜜色の瞳と目が合った。見上げることはあっても見上げられることに慣れていない私の心臓は、突然跳ね上がって大きく脈を打ち始める。

「貴方がボクの名を間違えずに呼べるようになった時、きっとボクらの関係は今とは違うものになります」
「……どういう意味でしょう?」
「そのまんまの意味ッスよ」

その時になったら分かります、といたずらっぽく彼が笑うので、私は困って袴を握り締めた。彼はもう一度私の頭に手を伸ばして軽くなでてから、すぐに踵を返してしまった。慌ててその背を追うと、残り少なかった階段はあっという間に終わりを迎える。じゃり、と草鞋の下に砂の感触を得て私は苦笑した。ああ、呆気なく終わってしまった。

「皆さんお待ちのようッスね」

降り立った地面の上で私に並ぶように立ち止まっていた彼がそう呟く。遠くを見ると、私たちに気がついた乱菊さんが大きく手を振っているのが見えた。横目で見上げた彼が私の背を押すように笑って、それで私の時間は切り替わった。小さく息を吸って吐き出してから、その場を駆け出す。彼の背が見えなくなっても怖くなんてない。確かに後ろにいてくれることを、その言葉が嘘でないのだということを、私は知っている。

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