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いつか見る悪夢の続き


冷静に、と頭の中の私が囁く。そうだ、冷静にならなくてはいけない。襲撃が予想より早かったとはいえ、私達が現世までやってきた理由はまさにこれだった。むしろ、昨日ではなく今日で良かったと思うべきだ。昨日だったらきっとどうにもならなかった。

あちこちで戦闘の音がする。誰も彼も感じられる霊圧が刺刺しくて、余裕のある者などいないのだと分かった。空間が波打つような殺気で満ちていて息がしづらい。現時点で破面は残り五体、私達は九人。ただし、今の一瞬で朽木さんの霊圧を把握出来なくなってしまった。負傷している可能性がある。

「散在する獣の骨…!」

詠唱しながら空を駆けて、杜鵑草を構えた。私の斬魄刀は直接攻撃系な上、手元を離れていることが多い。鬼道を混じえつつでないと碌に戦えない。それでも当たればそれなりに負傷させることは出来るし、上手くすれば致命傷まで持っていける。

「動けば風、止まれば空、槍打つ音色が虚城に満ちる!」

たん、と空中を蹴って見下ろせば、真下に白い影が見えた。見たことのない青い髪と、私達とは反対に白い衣を纏った姿。何よりもその霊圧が、間違いなく彼が破面だということを示している。丁度攻撃を仕掛けた黒崎くんが弾かれる瞬間だった。卍解はまだしていない。けれど始解時の全力だろう力で振り下ろしに行った斬月を、破面はいとも簡単に肩手で弾いていた。そして、道の隅。おろおろと動揺する義骸の前に転がった朽木さんの姿を確認して私は顔を顰める。

「破道の六十三!雷吼砲!」

手のひらに集めた霊力をぶつけるように前に構えて、私は叫んだ。そのまま地面に立つ破面に向かって飛び降りる。気怠そうに見上げた青い瞳と一瞬目が合った。

爆発が起きて、轟音と煙に巻かれた破面の姿が視認できなくなる。飛び退って黒崎くんの横に着地すると、桜木谷、と驚いたように呼ばれた。のんびり返事をしている暇はなかった。視認できなくとも、大したダメージを与えられていないのは霊圧で明らかだった。

―――完全詠唱でも六十番程度じゃ意味なしか。

解放した斬魄刀を構えたまま、私はその殺気の在り処を睨む。多少扱いが難しくとも九十番台を打っていかないと足止めも出来ないかもしれない。けれどここは現世の、しかも住宅地の真ん中だ。こんなところでそんなものを打って、周りの魂魄に影響が出ないはずがなかった。

「……んだよ、また一匹雑魚が増えたのか」

面白くもないと言った表情で破面が呟いたのが聞こえた。刹那、鋭い指先が真っ直ぐ腹目掛けて伸びてきて、杜鵑草で受け止める。ギィン、と鈍い音がして、衝撃と共に後ろへ弾かれた。地面に手をついて飛ばされるスピードを緩める。桜木谷、と慌てた黒崎くんの声が追ってきたけれど、大丈夫、と小さく呟くしか出来なかった。

私を追撃するつもりはないのか、破面は突っ立っているままだ。指を曲げながらパキパキと音を立てて、煽っているつもりなのか素なのか口元には嘲笑が浮かんでいる。腰に刀を下げているが、今は抜いてすら居なかった。それ以外に武器を持っている様子はないから、恐らく今のは素手だったのだろう。防げなければきっと私の腹には彼と同じように穴が空いていた。相当な威力だ。

「お前はそこに転がってる奴よりはマシみたいだな」

揶揄するような声で彼は言った。誰を差しているのかは明白で、思わず表情が険しくなる。睨みつける私とは反対に、破面は興味なさそうに黒崎くんへ視線を移した。

「ナメてんのか死神。俺ァそのままのテメーを殺す気なんか無えんだよ」

黒崎くんの眉がぴくりと動く。内心舌打ちをして、私は斬魄刀を持ち直した。彼はまだ若い。挑発や煽りにも耐性がないのだ。下手に動かれると守れない。

破面の目的は何だ。黒崎くんの卍解を誘うということは、その威力でも計ろうというのか。けれど以前双極の丘で彼は卍解を見せている。他ならぬ藍染隊長の目の前だ。成長を計るにしても日が浅すぎる。では、何の意味があるのだろう。単純に彼を殺しに来たのだろうか。大した数でもない部下を連れて?

目的が測れなければ動きの予測がつけにくい。一瞬の判断が生死を分ける相手だ、できる限り緻密に詰めていきたかった。一挙手一投足も逃さぬように目を開く私を、斜め前の黒崎くんが「桜木谷、」と小さく呼んだ。

「俺は大丈夫だから、ルキアを頼む」
「……!何を、」
「あいつの目的は俺だ。だから俺に任せてくれ」
「でも、」
「頼む」

強く言われて、ちらりと朽木さんを振り向いた。守るように抱える義骸の手が赤く染まっている。黒い死覇装の上からでは傷の度合いがわかりにくいけれど、あの出血量ではまずいということは一目瞭然だった。でも、と繰り返そうとした私にもう一度「頼む」と言い放って、彼は斬魄刀を構えた。眉を顰めながら、私は踵を返す。どちらが最良かなんて分からない。今は黒崎くんの力に掛けて朽木さんを救うしかない。

「……っちょっとごめんね、」
「桜木谷様…!」

涙声で顔を上げた義骸に避けてもらって、朽木さんのすぐ横に陣取った。そっと彼女の体を仰向けると、蒼白な顔と反対に真っ赤に染まる腹部が目に入る。咽るような血の匂いと硬い地面を伝う赤色にパニックを起こしそうになる心臓を懸命に落ち着けながら、その小さな体に手を翳した。回道は得意ではない。それでも何とか、止血くらいまではしなければ。隙を見て織姫ちゃんのところへ連れていくことができればきっとちゃんと治してもらえる。

だからここは何としても、黒崎くんに耐えてもらわないとならない。

「卍、解」

凄まじい霊圧とその声を背に、私は目を閉じた。

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