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心臓が止まった


『こんなとこでなーにしとんねん』

その声を、ずっと昔に聞いていると思った。
ほんの短い間背に触れていた霊圧も、触れた手の温もりも、覚えている。その綺麗な金色の髪も。

「………、」

まさか、と思う。けれど、行方の分からなかった浦原隊長が現世にいるのだ。彼がいて何がおかしいと言うのだろう。

『―――計八名が行方不明となっています』

遠い昔の鬼道衆の言葉が蘇る。もしかしたら、と口を開きかけて、すぐに閉じた。浦原隊長と違って彼らは罪を問われたわけではない。そうだとするなら、彼らが未だ尸魂界に何の働きかけもしてこないのには意味があるはずだ。私がその百年を無駄にすることなど出来ない。

―――それでも、

助けてくれた、らしかった。私は掴まれていた腕をじっと見つめる。霊圧の痕跡はない。触れていた痕も、何も。
あの程度の人間なら少々お灸を据えてのすくらいは簡単だった。見た目はただのチンピラだったし、多少腕で脅せばすぐにいなくなるだろうことも分かっていた。咄嗟のことで頭に血が上ってしまったのは確かだったけれど、身の危険は感じなかった。ただ、―――そう、ただ、触れられたのが嫌だっただけで。

思い出した途端、眉間に皺が寄った。知らない人間に触れられるのがあんなに嫌なことだとは考えたこともなかった。抱き寄せられた肩をぱたぱたと手で払って、ふっと息をつく。
そういえばすっかり忘れていたけれど、こちらに来てからずっと制服のままだった。尸魂界の常識とあまり変わらないのなら、学生が夜制服で外を出歩いているのはまずい気がする。普通の服はどこで手に入れれば良いのだろう。誰かに借りるしかないのだろうか。

そこまで考えて、そろそろ乱菊さんの所へ戻ろうか、と踵を返した。

「……っ!」

キィン、と耳鳴りのような強い霊圧を感じて、私は反射的に足を止めた。相手は憚る気もないらしく、垂れ流しの霊圧が空気を揺らすようだった。散っていく霊圧は六。それぞれ進む先には更に別の霊圧がある。ただそれは死神を目的としているわけではないようだった。私のところには一人も向かってきていないのに、人間(恐らく旅禍の誰か)の霊圧に向かって進んでいる者がいる。霊力のある者を片端から襲うつもりなのか。

制服のポケットに手を突っ込んで義魂丸を取り出した。考える間もなく口に放り込んで飲み込むと、ボン、という爆発音と共に強制的に肉体から剥がされるような感覚がある。前のめりに弾き出された私と対照的に後ろに飛ばされた義骸をちらりと振り向いて、戦闘に巻き込まれないようにとだけ伝えた。義骸は私の顔で頷いて、どこかへ駆けていくのが見えた。

「破面……」

軽くなった体で地面を蹴って、道の端に何本も立つ石柱の一本に立った。感じたことのない霊圧だ。死神とも人間とも違う。虚のそれと酷似していて、話に聞いていた破面というものだと認識せざるを得なかった。
織姫ちゃんのところには二つの霊圧が向かっているけれど、乱菊さんも日番谷隊長もいる。恐らくここは問題ないだろう。班目さんのところにも一体向かっているけれど、綾瀬川五席が一緒にいるのを感じた。ここも大丈夫だ。阿散井副隊長は、と場所を探ると、傍に浦原隊長の霊圧を感じて思わず眉根を寄せた。ああ、でもここは間違いなく安全だ。浦原隊長は、強いから。

そして問題の一つは、人間に向かって進んでいた。同時に黒崎くんと朽木さんの霊圧がそこに向かっている。友人を助けに行ったのだろう。黒崎くんの霊圧は相変わらず震えていたけれど、朽木さんがいるのだからきっと大丈夫だ。向かう破面の霊圧も、然程驚異になるとは思えない程度だった。

一、二、三、と一つずつ数えていって、私は目を開いた。破面と思しき霊圧は全部で六つ。弾けるように飛んだ霊圧は五つ。あと一つは、と位置を探ってすぐに足場にしていた柱を蹴る。最後の一つは、動いていない。

「……っ」

動かない理由を考えたけれど、何も思いつかなかった。ただ、探った霊圧は間違いなく今現れた破面達の中で断トツだった。段違い、と言っても過言ではない。

藍染隊長の下統率された破面は、組織を形成しているのだろうか。だとしたら動かない霊圧は部隊長的な統率官で、部下の動向を見守っているのかもしれない。けれどもし部下にのみ戦わせるつもりならば、自らの霊圧は消すのではないか。先遣隊の存在を彼らが把握していたのかは分からないが、少なくとも現時点では各々が別の霊圧に向かって移動している。残った部隊長の霊圧目掛けて攻撃を仕掛ける者がいないとも限らない。ならば、動かない霊圧が動く瞬間はいつだろう。

この数歩の間に、既にいくつかの場所では戦闘が始まっているようだった。刺すように尖った霊圧をあちこちから感じて顔を顰める。不意に響いた光は朽木さんの袖白雪で、彼女が完全復帰したのだということを今更ながら実感した。ほっと息をついて、踏みしめる足に力を入れる。朽木さんの実力は浮竹隊長の折り紙付きで、朽木隊長の言さえ無ければ席官入は間違いないという話は聞いていた。それが噂に過ぎないわけではないのだということは、今しがた感じた霊圧が物語っていた。

―――これで、私が『あれ』を倒せれば。

一番強い霊圧は、それだけを見るなら隊長格と同等かそれより上と言ったところだった。私が単独で倒せるはずがないことは理解している。けれど私がそこで時間を稼ぐことが出来れば、それぞれの相手を倒した後で皆集まってくれるはずだった。私には倒せなくとも隊長副隊長込みの数人掛りならば、あるいは。

「……っな、」

息を呑んだのは、最後まで動かなかったその霊圧が突如物凄い速さで移動を開始したからだ。同時に弾けるように消え失せた霊圧は朽木さんが戦っているはずの破面だった。進行方向に見えたのは袖白雪の結界だろう白い柱で、きらきらと夜に舞う光を綺麗だと思う暇もなかった。

―――動かない霊圧が動く瞬間は、いつだろう。

もしかしたら『あれ』は、その瞬間を待っていたのかもしれない。十一番隊にありがちな『一番強い誰かと戦う』ことを目的にしている、なんて。ああでもそれは、元は虚だということを考えても最も納得の行く話のようだった。最初に仲間を(仲間という認識ではないのかもしれない、)倒した者を襲いに行く、という。

「……っ飛べ、杜鵑草!」

走りながら斬魄刀を解放して、ほんの一瞬前まで氷の柱が見えていた地点へ急いだ。ぶわ、と目を瞑りたくなるほどの霊圧が波打って、双極の丘の風景が脳裏に過ぎった。

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