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きらきら光る


織姫ちゃんに示された渡り廊下はすぐ近くだった。彼女が建物の中から指を差しながら教えてくれたので、そこへは迷わず辿り着いた。校舎と校舎を繋ぐそれは、胸より少し低い程度の高さまでしか壁がない。重い義骸でも手をついて簡単に飛び越えられる高さだった。そこからは屋内なのだろうと、とりあえず慣れない革靴を脱ぐ。揃えて踵の部分を手に持つと、「上履き持ってる?」と尋ねられた。そういえば、班目さんが何か荷物を渡されていた時にそんな単語を聞いた気がした。けれど、私は生憎それを持っていない。乱菊さんが押し付けていたから、もしかしたら人数分班目さんが持っているのかもしれない。

首を振ると、そっか、と織姫ちゃんは頷いた。無かったらまずい?と首を傾げると、大丈夫、と彼女は笑った。足はちょっと冷たいかもしれないけど、と付け足された言葉に、私はほっと胸を撫で下ろす。その程度のことなら、問題はないのだろう。

「でもびっくりした、まさか学校で香波ちゃんに会うと思わなかったよー」
「私もまさか現世の学校に来ることになるなんて思わなかった」
「他の人たちは?一人じゃないんだよね?」
「……そういえば、」

織姫ちゃんの言葉にはっとする。見失った朽木さんのことばかり気にしていたけれど、彼女を追いかけたのはどうやら私一人だったらしい。絶対駆け出しているだろうと思っていた阿散井副隊長すら居なかった。霊圧を探ると彼らは朽木さんとは別の道で黒崎くんのところへ向かったらしく、バラけることなくまとまっている。咄嗟に頭に血が上った。何だかとても恥ずかしかった。

ここに来るまでのことを、少しずつ彼女に話す。現世に日番谷隊長達と派遣されたこと、黒崎くんに接触すべく義骸に入って学校に来たこと。あの人に会ったことは伏せることにした。それを動揺せずに話せる自信がまだ私にはなかった。彼女はうんうんと頷きながら、私の話を一生懸命聞いてくれた。時折入る「えぇ!班目さんが!?」とか「冬獅郎くんも大変だねぇ…」なんて一言が、慣れない長話をする助けになってくれた。

「井上――――!」

そうこうしているうちに、朽木さんが黒崎くんを引きずってやってきた。
久しぶりに見る黒崎くんは織姫ちゃん同様あちこちに包帯が巻かれていて、救護詰所で会った時のことを思い出した。不安定に揺れていた霊圧はもう元のように安定していて、隣に立つ朽木さんが「ふんっ」と大きく息を吐いている。手段は分からないけれど、彼女が喝を入れたのだろうことは何となく察した。そしてそれは間違いなく功を奏したようだった。

「弱くてすいませんでしたっ!!」

朽木さんに無理矢理頭を下げられる黒崎くんの首から不穏な音がしたけれど、聞かなかったことにした。顔を上げた彼の表情を見た織姫ちゃんがほっとしたのが感じられて、横で見ているだけだった私までこっそり息を吐いてしまった。

彼女はきっと、自分が怪我をしたことよりも黒崎くんが落ち込んでいる事の方が嫌だったのかもしれない。痛くないから大丈夫、と笑った顔を最初に見せたのは彼だったのだろうか。もしかしたら、織姫ちゃんは黒崎くんのことが。

「香波ー!」

時刻を知らせる鐘らしきものが鳴り響くと同時に、乱菊さんの声がそれに重なった。振り向くと彼女を先頭に日番谷隊長と愉快な仲間達がこちらを見ている。霊術院同様狭い廊下に五人も広がって立ち止まっている様子は傍から見ても邪魔そうだった。本来ならば彼らと一緒にいるはずなのに、一人先走ったのだという事実を思い出して顔が熱くなる。乱菊さんは「置いてっちゃうわよー」と間延びした声で呼んでいて、私は朽木さん達を振り返った。

「香波ちゃんも朽木さんも、暫くこっちにいるんだよね?」
「期間は決まってないけれど、一応」

真っ先に口を開いたのは織姫ちゃんだった。曖昧な言葉を返せば、じゃあまた会えるね、と彼女は嬉しそうに笑う。

「朽木さんは、」
「私はせっかくなのでこちらに残ります」
「ハァ!?お前することねぇだろ、桜木谷と一緒に行けよ!」
「何を言うのだ。久しぶりの学校だぞ。どうせ後はホームルームくらいしか残っておるまい」
「お前が急に増えてたら流石の担任も驚くだろうが!」
「えー、おいでよ朽木さん!それで前みたいに一緒に帰ろ!」
「井上もこう言っているではないか」
「…………」

ああ、何だかとても賑やか。
小さく笑って、「ならお先に失礼します」と私は彼らに頭を下げる。またね、と手を振ってくれたのは織姫ちゃんで、黒崎くんは「お前こいつ連れてけよ」という表情で憮然としながら、朽木さんはきちんと一礼を以て返してくれた。踵を返すと、視線の先で乱菊さんがむすっとしていて「おーそーいー!」と声をかけられる。慌てて小走りに駆け寄って、私はやっと元の集団の中に収まった。

「何やってたのよ、」
「朽木さんを追いかけたら見失って、織姫ちゃんとお話していました」
「ざっくりした説明ねぇ。あんた上履きは?」
「持ってなかったのでとりあえず外履きを脱ぎました」

私の両手に持った革靴を見た乱菊さんが眉を顰めながら班目さんを呼ぶ。呼ばれた彼はあまり機嫌が良さそうになく、その人相の悪さと腰に差した木刀と相まって正しくチンピラだ。私がもし本当に現世の学生だったなら、間違いなく彼とは関わらないようにする。
乱菊さんに怒られた班目さんが渋々私の上履きを出し、放り投げられたそれを拾うように片足ずつ履いた。スカートの心許なさの反面、こちらの履物は草履よりずっと履き心地がぴったりとしている。紐を結ぶという一手間もないから、尸魂界でもこれが主流になればいいのに。

「はぐれてすみません。この後どうするんでしょう」
「一護んちに行くわよ」
「お家に伺うんですか?家人がご在宅では?」
「バレずに入れば大丈夫」

片目を閉じてにこりと笑ってみせる乱菊さんに、私は言葉を止めた。班目さんの帯刀が法律的に引っかかるのなら、それだって不法侵入になるのでは。そう思ったけれど、ルンルンと既に楽しそうな乱菊さんはそんなことどうでもよさそうだった。日番谷隊長が溜息をついているのを見て、既にこの内容は彼が止めた後なのだということを把握する。止められなかったからこの状態なのだろう。

「とりあえず一護に詳しい話しないとなんないでしょ?」
「なら黒崎くんが帰宅してから行ったほうが……」
「つまんないじゃない」

ですよね。
ちらりと日番谷隊長を見ると、小さく首を振っていた。彼が諦めているのだから、私がこれ以上何をする必要もない。どうせ止めきれないのだから、とさくっと諦めて私は乱菊さんの少し後ろを歩く。
ふと廊下の窓から外を見ると、真っ青だった空にいくつか雲が浮かび始めていた。

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