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手繰り寄せる赤い糸


「……で、どうしてこうなったんでしょう?」
「ちょっと香波、何よその言い方」
「僕はむしろ君がいることの方が不思議に思うけれど」
「……、阿散井副隊長」
「誰のせいとも言えねえっす。すんません」
「オイお前ら静かにしろ」

その日やはり浮竹隊長が開いてくれた穿界門の前に立ったのは、異質なんだかしっくりくるんだか何とも言えない微妙な集団だった。
リーダーかのように真ん中にどんと立ったのは乱菊さんで、左手に持った荷物を肩にかけながら仁王立ちしている。その横には、この不思議な集団の本来のリーダーというか、引率である日番谷隊長が。そして、一歩下がった反対側に班目さんと綾瀬川五席。日番谷隊長の斜め後ろに阿散井副隊長と朽木さん。私は一番後ろにぽつんと立ちすくんでいて、どの場所にも馴染めないような孤独感を味わっていた。これ完全に3ペアで完結してる。

「……これ、私行かない方がむしろ良いのでは」
「何言ってんだ馬鹿」

呟いた声には素っ気ない班目さんからの返答があって、縋るように目線を向けたけれど振り向いてももらえなかった。誘ってくれたのは彼なのだから、もう少し構ってくれても良い気がする。とはいえ、班目さん大好きな綾瀬川さんとの間に割り込む勇気はない。少数精鋭として抜擢されている以上、気分屋の彼の機嫌を損ねることが得策だとは思えなかった。

「ほら、香波はこっちいらっしゃい。そんなハゲ放っといて」
「おいコラ、誰がハゲだ」
「否定できない髪型しといて今更何言ってんのよアンタ」

手招きされるままに小走りで乱菊さんの後ろにつくと、少し下の位置から見上げる日番谷隊長と目が合った。「どうも」とモゴモゴ口の中で挨拶すると、彼はそのまま目を逸らして前を向いてしまった。
彼と関わったことはほとんどない。彼が十番隊所属になった頃、私は既に別の隊に異動していたし、階段を飛ばしながら登っていくかの如く次々に階級が上がっていく彼の噂を聞いてこそすれ本人を見たいだなんてこれっぽっちも思わなかった。だからこそ、昨日あった顔合わせでも最も緊張したのは彼への挨拶だった。外見の幼さの反面、内面の成熟っぷり、特にその判断力や知識は並外れている。だからこそこの若さで隊長格へ抜擢されたのだと知ってはいても、実際目の前にするとやはり彼は異質だった。その霊圧も、醸し出す雰囲気も。

「さて、準備はいいかい、皆」

穿界門の用意をしてくれていた浮竹隊長が、その前に立ちはだかって腕を組む。その一言で、バラバラに会話していた全員の意識が彼に集中した。満足したように笑って、彼は日番谷隊長に視線を移す。

「じゃあ、気をつけるんだよ、冬獅郎」
「こちらのことはよろしく頼む」
「まかせてくれ。特に十番隊のことは、心配かけない程度には補助しておくよ」
「悪い」

とても何百年という長きに渡って隊長と呼ばれている人と、ここ二十年程度で隊長の任についた若き死神との会話とは思えない。隊長格は総隊長を除いて全て平等ということなのだろう。それでも臆することなく凛と顔を上げる日番谷隊長は、やはり肝が座っている。

「朽木も。気をつけて行っておいで」
「はい、浮竹隊長」
「阿散井君、朽木を頼むよ」
「任せてください!」

浮竹隊長は一人一人に声を掛けながら順番にその顔を見ていった。大した繋がりが無いだろう班目さんや綾瀬川五席にまで声をかけていく姿は律儀そのものだった。義理堅い、という言葉を体で表しているような人だ。彼は乱菊さんにも「京楽が寂しがるから早く帰っておいで」なんて笑いかけて、「よろしく言っといてください」と返事を受けていた。
そして最後に私の番が来た。

「桜木谷、」

彼は私の上に視線を置いてから、ほんの少し躊躇ったように見えた。けれど、すぐにいつものように微かな笑みを浮かべて、私を真っ直ぐ見つめた。

「ちゃんと自分の目で見てくるといい」

その意味をすぐに察して、私は口を引き結んだ。
この百年という時間、彼は私を見ていてくれた。同じ隊に配属になったことはついになかったけれど、道で会えば声を掛けてくれ、挨拶をしてくれた。泣き腫らした目をいつも心配してくれたのは浮竹隊長だった。その理由を、彼は尋ねたりなんてしなかった。ただ心配して、頭を撫でたりお菓子をくれたりしてくれた。その優しさがずっと有難かった。

「はい」

だから私は目を逸らさなかった。真っ直ぐに彼を見上げて、頷いて見せた。
班目さんがくれた機会で、浮竹隊長が背中を押してくれるのだ。心細いことなんてない。例え私の望む結末が得られなくても、望む答えが得られなくても。それでも、きっと私は後悔をしない。そのために。

「行ってくる」

日番谷隊長がそう言って、ひらひらと舞う地獄蝶を連れながら一歩を踏み出した。その後ろを乱菊さんが一歩退ってついて行って、私も遅れて足を踏み出す。後ろから続く足音が頼もしかった。
肩の近くを舞っていた蝶が、私の赤い花に止まった。その姿がまるで絵のように見えた。

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