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わたしはあなたをゆるさない


『だぁーいじょうぶだいじょうぶ!そんな顔しないでくださいな』
『……っですが、』
『大丈夫ッスよォ』

体中の皮膚が粟立つような感覚がして、私は斬魄刀を握る手に力を篭める。自分の鼓動の音が五月蝿い。五月蝿くて、藍染隊長の声が聞こえない。
いつだったか彼の出身は西流魂街なのだと聞いたことがあった。志波空鶴という人の名前も聞いたことがある。会ったことはないけれど、会話がその人の話題に及んだことが確かにあった。ああ、確か四楓院隊長とお話していたときだった気がする。けれども、何故藍染隊長がそれを知っているのだろう。

『九番隊に異常事態!九番隊隊長六車拳西及び副隊長久南白の霊圧消失!』

今でもはっきりと思い出せる警報が、頭をがんがんと打ち鳴らしていた。隊長格の招集を呼びかけるそれを聞いて私はすぐに技術開発局に向かった。警報が鳴り止む直前、滑り込むようにしてそこに辿り着いて彼とぶつかった。そうだ、あの日、あの警報が鳴った時、彼は未だ瀞霊廷内に居た。九番隊から要請があって猿柿副隊長が出立したばかりだったのだと、ニコが教えてくれたのを覚えている。

「彼が造り出したのは瞬時に死神と虚の境界線を取り払うことのできる、尸魂界の常識を超えた物質だった」

聞きたくない、という声と、知りたい、という声が同時に頭の中で響いた。耳を塞いでしまいたいのに、両手が縛られて動かせない。淡々と話し続ける藍染隊長の声が、滑り込むように鼓膜を震わせる。混乱して順序よくなんてとても考えられないような頭が勝手に回った。その間も早鐘を打つような心臓の音が聞こえていた。

浦原隊長の罪状は、『禁忌事象研究及びその行使』そして『儕輩欺瞞重致傷』だった。十二番隊隊舎を訪れた隠密機動は確かにそう言っていた。けれど、その後対外的に発表された浦原隊長の罪状は『霊子を含まない霊子体の開発とそれを用いた捕捉不可能な義骸の作成』。それに異を唱えることも、疑問を呈すこともできなかった。納得いかない気持ちをどこにもぶつけられないまま、私は今日まで来てしまった。でも、もし。

―――もしもその時から、藍染隊長の計画が始まっていたのだとしたら。

百年前の出来事を知らない少年達に、藍染隊長は話を続けていた。遠くでそれを聞きながら、私は震える手を握りしめていた。藍染隊長の言うことは一見筋が通っている。しかし今日まで尸魂界全てを欺いてきた彼が、今更真実を全て露呈するだろうか。親切心だとしても慢心だとしても、そのどちらも彼は持ち合わせていないように思えた。こうまで緻密に人の考えを、感情を読んで、それに対する最善策を用意する彼が。

―――あの日、その場所に向かったのは誰だった?

後から様々な人の話を相合すると、隊長格が招集された場には問題の九番隊、隊長のいなかった十番隊、十一番隊を除く全ての隊長が居たということだった。原因究明に向かったのはその後『行方不明になった』と知らされた六名の隊長副隊長と、副鬼道長。そして、そんな話を知りもせず現場に向かってしまった猿柿副隊長。
多分、浦原隊長は彼らの後を追ったのだと思う。大鬼道長も同じ罪状で追放されたのだから、彼も一緒だったのかもしれない。四楓院隊長もいたのだろうか。

現場に行ったはずの人で、帰還した者は一人としていなかった。行方不明として、また追放という形で、彼らはそれぞれ尸魂界から姿を消した。二度と姿を見ることは叶わなかった。

―――ちがう。

たった一人、戻ってきた人物がいたはずだ。その人物からの告発で、浦原隊長は罪を問われ四十六室に裁かれた。「よく無事で」とか「彼だけでも」とか。そんな風に言われていた人物がいるのを、私は知っている。その言葉を受ける度、彼は切なそうに目を伏せていた。何もできなかった、と自らを責めるように零していたのを聞いたことがあった。

「……東仙、隊長」

呟いた声は、掠れて上手く紡げなかった。それは多分、藍染隊長の霊圧にかき消されて誰にも届かなかった。少しでも潤そうと飲み込んだ唾が、喉に絡んで落ちない。地面がぐらりと揺れた気がした。

百年前のあの日、全て始まっていたのだとしたら。

浦原隊長の罪状が、その崩玉を作り出したことによるものだったら。きっと存在を知られたくない四十六室はそれを伏せて別の理由を実しやかに流すだろう。それが義骸の件だったとしたら。
何らかの理由で九番隊を手にかけた藍染隊長が、その罪を浦原隊長に着せたのだとしたら。
腕自慢だった九番隊の六車隊長がいとも簡単に倒されてしまった理由が、トロイの木馬のせいだったとしたら。

「……っあ、」

体が震える。湧き上がるこの感情にどんな名前をつけたらいいのか分からない。憎悪?憤怒?思考する回路を焼き切るように、体温が上がったような気がした。真っ直ぐ睨んだ視線の先で、東仙隊長は静かに佇んでいた。

「あああああああああああああああ!!」

藍染隊長の声を遮るように、私は叫んだ。体の中から声が溢れ出てきて、それと同時に霊圧も流れ出るような感覚だった。ばちん、と大きな音と同時に自由を奪っていた六杖光牢が解ける。膝立ちのまま地面を蹴った。抜き去ったままだった斬魄刀を構えて、大きく口を開く。

「飛べ!、―――」

す、と胸元に手が触れた。気がつくと正面に市丸隊長が立っていて、いつもと同じように笑っていたのが見えた。狐みたい、とぼんやり遠くで思った。その目がほんの少しだけ開かれて、瞼の向こうの青い瞳と視線が合う。触れた指先から霊圧が流れ込んできた。

ぱたり、と力が抜けた私の体を受け止めてから、彼はそっと地面に横たえる。俯せのままの視界には砂と小石しか映らなかった。ギン、と諌めるような藍染隊長の声が聞こえた。白伏、という単語が頭に浮かんで、私の意識はそこで途絶えた。

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