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嘘で塗り固めた真実


東仙隊長を探す旅は、順調という言葉の反対を行く徒労ばかりだった。あちらこちらで起きている戦闘に巻き込まれないように注意しつつ霊圧を消しているかもしれない人物を探すというのは、想像よりもずっと難しい仕事で。隠密機動に尊敬の念を抱きながら、私はそろそろと忍び足で駆け回った。

そしてどこにも姿の見つからない彼に焦燥感を覚えて、最後に向かった場所が。

「……双極…………」

つい先程まで遠目に見上げていたその丘に、私は立っていた。立会人は全て移動してしまったのだろう。一番近い霊圧は旅禍と朽木隊長だったけれど、彼らに気がつかれぬようこっそりと私は横をすり抜けてしまった。すぐ傍にある旅禍の霊圧に動揺しながら、それでも足を止める訳にはいかなかった。そもそも足を止めて万が一とばっちりを食えば、間違いなく死ぬ。

ざり、と草履の裏に小石の混じった地面を感じた。飛び散った双極の体が降り注いだのだろう、所々に水たまりのように強い霊圧の残滓がある。広々と開けたそこに、探し人の姿はなかった。

「……どこに………」

更木隊長は気がついたらいなかったと言っていた。彼がそんなつまらない嘘をつくとは思えない。東仙隊長は更木隊長から身を潜めてどこかへ逃れたのだ。けれど、どこへ。
戦いを忌み何よりも正義を志す彼は、この戦いに何を思うのだろう。朽木さんの処刑に疑問を抱いていたのは恐らく私や阿散井副隊長だけではなかった。東仙隊長はどちら側につくのだろうか。

彼が姿を消した理由を考えるならば、まずそこから推察しなければならない。彼がどこを目指すのか、誰を助けたいと思うのか。霊圧を消してまで、身を隠す理由は。

口元に手を当てて深く思考しようとした私の耳に、聞きなれない布擦れの音が届いたのはその時だった。

「やぁ。君がいるとは思わなかったな」

竜巻のように巻き上げた砂塵の中心で、彼はにこやかに片手を上げた。薄茶色に染まった景色の向こうに二人の人影。更に一拍遅れてもう一つ砂煙が上がる。目と喉を襲う埃に反射的に腕を上げた私は、その姿と霊圧に息を止める。霊圧を押さえる、消す方法を私は知っている。けれど、誰かの霊圧に似せたり成り変わったりという方法は聞いたことがなかった。

「……あ、」
「…桜木谷」
「……東仙、隊長?」

あいぜんたいちょう、とその名を口にしようとした私は、別方向から名前を呼ばれてそちらに視線を移した。二つ目の砂塵の中から現れたのは、探し回っていたその人と。

「桜木谷、四席?」
「阿散井副隊長、朽木さん」

朽木さんを抱えた、阿散井副隊長で。

混乱する頭をどうにか回転させて、私は彼らを見つめた。阿散井副隊長と朽木さんは二人が二人共困惑したような表情で、彼らと私の立場は大して変わらないのだということを理解する。よく分からないまま、よく分からない方法でこの場まで連れて来られたのだろう。ではその理由は。

収まり始めた砂埃に、顰めた眉はそのまま私は三人の隊長を見比べた。誰も彼もが普段といくらも変わらないような雰囲気なのに、どこかおかしい。そもそも藍染隊長は亡くなったと、そう聞いていたのに。私は遺体を見ていない。けれど、東仙隊長が検分に立ち会ったと檜佐木副隊長が言っていた。更に、検分したのは卯ノ花隊長だったはずだ。例えばそれが別人の遺体でした、なんて有り得ない。

なら。

「珍しいね。こういうことに首を突っ込みたがらないタイプだと思っていたんだが」

なら私の目の前でこうして、軽く首を傾げながら眼鏡の奥で微笑んでみせるこの人は、だれ。

咄嗟に構えるように踏ん張った足が、小さく震えているのが分かった。背筋を冷たい汗が流れていく。藍染隊長の表情はこの百年以上ずっと見てきたそれと何ら変わっていない。なのに、この凍りつくような殺気は何なのか。
答えないまま動けない私にさして興味もなさそうに、藍染隊長は阿散井副隊長に視線を移す。その目が笑っているのに笑っていない。朽木さんを抱いた彼の手に、力が入るのが見てとれた。それで、体が勝手に動いてしまった。

大して上手くもない瞬歩で、私は阿散井副隊長のすぐ前に移動する。庇うように彼らの前で斬魄刀を抜き、藍染隊長に対峙する。桜木谷、と咎めるような声と、桜木谷四席、と焦ったような困惑したような声が同時に背後から聞こえた。それがそれぞれ誰のものかが分かって、私は刀を握る手に力を篭める。

「今は君に用はないんだ。下がってくれないかな、桜木谷君」
「……申し訳ありませんが、その命令には従えません」

困ったように眉を下げて、藍染隊長が言う。その後ろで市丸隊長が笑っているのが見えた。胸糞悪い気持ちになって、顰めた眉にも力が入る。
藍染隊長は暫く私を眺めた後で、「昔に戻ったみたいだね」と小さく呟いた。意味を測りかねて「え、」と口を開いた私の体を、真っ直ぐにその人差し指が捉えていた。その素早い動きに、しまったと思った瞬間には全て遅かった。

最初に感じたのは突き刺さった大きな霊圧の巾。腕が胴体に縛り付けられて取り落としそうになった斬魄刀を慌てて持ち直す。圧迫感に体をくの字に曲げた私の耳に、追うように「六杖光牢」という声が届いた。その強い霊圧に、思わず膝をつく。

「…っ桜木谷四席!」
「君はまだ用途があるかもしれないから。すまないが、少しそこでじっとしていてくれるかい」
「……っ」

容易く地面に転がった私を、冷たい目で彼は見下ろしていた。背後から焦ったような阿散井副隊長の声が聞こえて、焦燥感が募る。だめ、だめ。これから何が起きるのかなんて想像もできないのに、私は心の中で繰り返しそう叫ぶことしかできなかった。どうにかしなくちゃ。このままじゃ、きっと。

「……さて。少し邪魔が入ったが改めて、」

藍染隊長は、もう私を見ていなかった。いや、最初からそうだった。私がここにいることは彼にとってイレギュラーなのだ。彼の目的は、阿散井副隊長と、彼の抱えている朽木さんに違いなかった。いや、と私は歯を食いしばる。もしかしたら最初から、本当に『最初から』、そうだったのかもしれない。大した罪もなく極刑を言い渡され、次々に早まる処刑の日程。通常のはずがなかった。やはりそんなことがあるはずなかったのだ。

眼鏡の奥の優しく細められた視線が、真っ直ぐ朽木さんに刺さる。息を呑む音が聞こえた気がした。

「ようこそ、阿散井くん。朽木ルキアを置いて退り給え」

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