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この糸が切れないように


総合救護詰所を出て、どんなふうに九番隊隊舎まで戻ってきたのかをよく覚えていない。頭の中は班目さんの言葉がぐるぐると回るばかりで何も考えられなかった。彼が嘘をついているとは思えない。けれども、それは俄かに信じ難かった。

確かめなければ、という考えが頭に浮かぶ。心臓が早鐘を打って息がしづらい。旅禍を見つけて、聞かなければ。

「―――桜木谷?」
「……っ」

覗き込まれて、私はびくりと身を固くした。檜佐木副隊長が眉を顰めている。どうやら知らぬ間に執務室まで戻ってきていたようだった。ちらりと周りを見ると忙しく動き回る隊士達がいて、それが現実に私を引き戻す。そうだ、今は仕事中だ。

「具合悪いのか?」

心配そうに首を傾げる彼にすぐには答えられず、私は首を振って答えた。よく見れば額を汗が伝っていて、喉もからからだった。一度唾を飲み込んで、私は副隊長を見上げる。今は、こちらに集中しなければならない。

「班目三席についてですが、」
「ああ、どうだった」
「軽傷とは言えませんが、恐らく二、三日もあれば動けるようになる程度かと思います」
「そうか、それは良かった」
「交戦した旅禍については何も覚えていないそうで」

は?と檜佐木副隊長が目を開いた。首を竦めるしかない私は逡巡してから、更木隊長のことは黙っていることにした。

「そんな一瞬でやられたってことかよ」
「その姿も目的も何も知らないそうです」

次に班目さんを倒した旅禍と交戦するのは更木隊長だろう。班目さんは何も教えてくれなかったけれど、あの感じならば恐らく旅禍の特徴だけでなくその目的やもしかしたら向かった場所まで把握しているのかもしれない。とはいえ、彼がそれを言わない以上追うことも出来ない。加えて言えば、嬉々として戦う相手を探しているだろう更木隊長と、班目三席に打ち勝った旅禍との間に割って入れるとも思えなかった。

そうか、と腑に落ちない様子で檜佐木副隊長が呟く。会話が途切れたので、失礼します、と頭を下げ私は席に戻った。

消化すべき書類はほとんどなかった。それはこの非常事態でどの隊も仕事ができていないせいだった。他から回ってくるものがないのだから、自隊の書類しかない。けれど、今月分の瀞霊廷通信は既に出たばかりで急ぎの仕事はなかった。私が四席として預かっている班は何か動きがあるまで待機を命じられている。私も暫くはここにいるしかない。

『そいつの師は、』

落ち着いたと同時につい先程聞いたばかりの班目さんの声が蘇って、自然顔が強ばった。
班目さんは恐らくそれを私にしか教えていない。彼が涅隊長に情報を与えるとは思えないし、更木隊長はそんなものに興味を持たないだろう。一度伏せてしまった以上、別の誰かに聞かれたとしても素直に話すことはないはずだ。とすれば、その情報を持っているのは私と班目さんだけということになる。

「…………」

本当にあの人なのか、確かめなければならない。その思いばかりが頭を巡る。この百年を私は凹凸のない時間の中で過ごしてきた。百年待った好機かもしれなかった。けれど。

「………!」

突然ピリ、と肌に響くような感触がして、私は顔を上げた。どこかで誰かが戦っている様子だった。意識を尖らせないと分からないほど遠く。霊圧のぶつかり合いを感じて、咄嗟にそちらに集中する。

「ふたつ……」

それは大きな霊圧だった。乱れているのか非常に感じ取りづらい。片方は知らない人のもので、もう片方は。

「阿散井副隊長……」

一瞬だけ感じた感情の波のようなうねりは、確かに彼のものだった。四十六室の決定だから、と困ったように言ったあの時と同じ。周りを巻き込むほど大きな心の波。

『だけど、もしかしたら』

その続きを私は知らない。あいつ、と彼が示した相手も知らない。けれど阿散井副隊長は朽木隊長に同行して現世に行った。朽木さんから力を譲渡された人間を見ているはずだった。それは恐らく班目さんも戦った、萱草色の髪の死神。

たった数ヶ月死神姿で戦ったところで、今まで安穏と暮らしてきた人間が剣を振るえるとは思わない。少なくとも、何十年という経験のある班目さんに打ち勝てるとは思えなかった。師は誰だ、と彼が聞いたというのも理解できる。そしてもし本当にあの人が師なのだとしたら。限定印を押した六番隊の二人に負けたはずの少年を、ほんの数日でこちらに送り込むということも可能なのだろう。

阿散井副隊長の戦っている相手を、私は知らない。初めて感じる霊圧だったけれど、班目さんに勝ったというのが納得できる大きさだった。隊長格に並ぶとは言えないけれど、副隊長クラスは有にある。少し阿散井副隊長の方が優勢かもしれない。他に霊圧を感じないのは、それほど弱い隊士を連れて戦っているのか一対一なのか。彼の性格を考えれば後者のように思える。

「…………」

立ち上がりかけて、私はそれをやめた。どうすべきか、迷っていた。もしも彼が一人で戦いに赴いたのであれば、私が何かを心配して向かうなどと言うのは失礼だろう。けれど、相対する旅禍の霊圧も強い。阿散井副隊長が誰にも行先を告げずに出ているのだとして、万が一があった場合救護が間に合わない可能性もあるのではないか。

ちらりと周りを見ても、檜佐木副隊長を含め気がついている人間はいないようだった。とにかく位置を詳しく捕捉しようと集中して、私は目を閉じる。その瞬間だった。爆発的に上がった霊圧に、すぐに目を開いた。それが阿散井副隊長のものでないことは明白だった。
集中するまでもなく分かるようになった位置に、私は今度こそ立ち上がった。

「桜木谷?」
「すみません、少し出かけてきます」

は?と驚いたような副隊長の声を背に、私は執務室を駆け出した。

場所は、懺罪宮だ。
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