zzz


目隠し鬼


旅禍が侵入したのは瀞霊廷の外、西流魂街ということだった。私含め、それに安堵した隊士は多いはずだ。瀞霊廷は周りを大きく殺気石の壁に囲まれていて、上空からも地中からも侵入することは出来ない。門は四方にあるがそれぞれに門番がいる。瀞霊廷内部に侵入できる可能性はほぼない、というのがほとんどの死神の意見だっただろう。ゆえに私が他の席官に対して彼らの特徴を説明し注意を促した時にも大きな緊張感はなかった。

九番隊もいくつかの部隊を警備の方に回されてしまったが、私はいつもどおり内勤だった。本来ならば何日後かには現世への虚討伐任務があったはずだけれど、このままでは流れるかもしれない。考えながら、出来たばかりの瀞霊廷内通信を抱え直す。それにしても多いなこれ。

「大丈夫っすか?」

ひょい、と後ろから覗き込んできた人物に内心飛び上がった(もしかしたら体もほんの少し飛び上がっていたかもしれない)。
慌てて振り向けば、鮮やかな赤い長い髪が目に入る。ついでによく目立つ額の刺青。驚かせてすんません、なんて笑った彼は、私が今最も会いたくなかった人物かもしれなかった。

「阿散井、副隊長」
「お疲れ様っす、桜木谷四席」

敬礼するように片手を挙げて、彼は私の手元を覗き込む。薄い冊子とはいえ何十冊も積み上げられれば中々の高さを誇るそれは、ここ一月の私達九番隊の仕事の成果であり、護廷十三隊では屈指の人気を誇る機関紙である。印刷が終わったタイミングで手が空いていたのがちょうど私しかおらず、副隊長もそろそろ戻るだろうし配りに行くか、と隊を出発したのがかれこれ半刻ほど前の話だった。

「新しいやつっすか?」
「あ、ええ」

それ、と示されたのは当然私の抱えるその冊子で、私は無意味にそれを抱え直しながら頷いてみせた。手伝いますよ、と彼は手を差し出してくれたけれど、首を振って「いえ」と返す。そうしてから少し考えて、何冊も重なったその一番上の表紙に目を落とした。

「大丈夫です。ただあの、」
「はい?」
「もしよかったら上から十冊だけ持っていただけます?」
「え、はい」
「それ六番隊の分なので、そのまま持って行って頂けると助かります」

阿散井副隊長は、お安い御用っすよ、と笑いながら私の示した冊子を手に取ってくれた。そのおかげで幾分肩にかかる重みが軽くなる。
一番隊から順繰りに回っていた私は未だ六番隊に辿り着いていなかった。流石に全ては持てなかったので、半分ずつ持って回るつもりではいたのだが、この様子だと今日中に配り終えるか怪しい。六番隊までは私が配りに行くという書置きを残してきているから、誰かが空気を読んで後ろ半分を配りに行ってくれていると助かるのだけれど。

そこまで考えてからふと思い立った。ここはまだ二番隊から三番隊へ移動する途中の道程であって、六番隊の隊舎とは程遠い。檜佐木副隊長は集まりが、と言っていたけれど、阿散井副隊長もそこへ向かう途中だろうか。とはいえ、二番側臣室もここからは少し離れている。

「朽木さん……」
「!」

無意識に思いついた名前が口をついて出てしまった。すぐ傍の阿散井副隊長の体が小さく揺れて、その眉が困ったようにあげられる。私は慌てて口を塞ごうとしたけれど、そもそも両手が塞がっていてそんな誤魔化しはきかなかった。

朽木さんの話を最初に聞いてからどれくらいの日数が経っただろうか。極刑と聞いた時にも驚愕したが、双極を使用するということを聞いたときにも理解ができなかった。あの人の時ですら霊力剥奪や現世への追放で済んだ判決が、高々彼女の罪状程度でそこまで重くなるはずがない。それにどの程度の人が気がついているのだろう。誰も疑問すら抱かず進んでいく事態が、違和感を通り越して恐ろしかった。

「阿散井副隊長は、」

堪らず唇を開いたけれど、彼を見る勇気はなかった。構わないで、と昨日乱菊さんに言った言葉が頭を過ぎった。構わないでほしい、誰かと触れ合うのは苦しい。なのに、口は勝手に動く。

「朽木さんは死ぬべきだと思いますか」

下手に言葉を飾ることはできなかった。真っ直ぐ直球で聞く以外に思いつかず、言ってから唇を噛む。それが彼にとってつらい言葉だと分かっていた。
暫く押し黙っていた阿散井副隊長は、ふっと息を吐いた。恐る恐る見上げると、彼は困ったような苦笑をその顔に浮かべている。

「……桜木谷四席もそんなこと言うんすね」
「……え、」
「俺がどう思ってもどうにもなりません。四十六室の決定ですから」

はは、と笑った声を聞いて、私は自分のした問いを後悔した。そもそもそれを聞いてどうするつもりだったのかと、逆に自らに問いかけてみても答えはない。そんな意味もない事のために、彼を傷つけてしまった。
俯くと、阿散井副隊長が「そんな顔しないでくださいよ」と明るい声を出す。それが更に申し訳なかった。

「もしかしたら、あいつが」

小さくポツリと、彼が呟いた声が降ってきた。

「知ってますか、旅禍を迎え撃ったのは市丸隊長だって俺聞いてたんすけど」
「市丸、隊長……?」
「門のとこで押し入ろうとした奴らを迎撃したらしいっすよ」
「…………」
「けど、どうやら仕留め損なったそうで」
「…………は?」

思わず顔を上げると、困った顔の阿散井副隊長が三番隊隊舎の方へ目を向けていた。つられてそちらを見ても誰もいなかったけれど、彼は透かして誰かを見ていたのかもしれない。

「旅禍が、市丸隊長を退けた……?」

反芻すると、阿散井副隊長は頷く。

「まぁ、俺もついさっき藍染隊長に聞いたばっかなんすけど」
「そんなことが」
「信じられないっすよね」

他人事のように言う彼の表情は複雑だった。私はその理由が分からないまま知らされた重い事実を頭の中で何度も繰り返す。

「だから、もしかしたら」

呟いた声は、低く掠れていた。彼は私の方を見なかったけれど、どこを見ているのか何となく理解できて私は口を閉じた。


朽木さんが懺罪宮 四深牢に移されたという話を聞いたのは、私がその後隊舎に戻ってからだった。

prev next